「このフレーズ、ハルにぴったりだね」

 攫われる髪の毛を手で押さえながら振り向くと、僕に笑顔を向けた。
 その瞬間、僕の心はどきっと跳ねた。

 メロディーを口ずさんだあと、だからさ、と続けると、

「何もせず諦める前に失敗を恐れないで言ってみようよ。そしたらきっとハルの思いが伝わると思う!」
「……失敗…したらどうするの?」
「それはそのとき考えよ。まずは一歩前へ進んでみることが大事だと思う」

 水帆がポジティブだとしたら僕はかなりのネガティブで、いつも目先のことよりもその後のことの方が気がかりだ。

「じゃあつまりこれから先のことは考えてないってことだよね」
「うっ! それはそうだけど……」

 僕の言葉に詰まらせると、もごもごと指を合わせてしばらく俯いて考えたあと、じゃあ、と言って顔をあげた。

「明日、美大に行ってみようよ!」

「……は、い?」

 突拍子もない言葉に気の抜けた声を漏らした僕。

「自分が行きたい美大を見学してみれば、気持ちだって前向きになれるでしょ」
「いや、うん……」

 確かにそうなのかもしれないけれど、その前に。

「明日、学校だけど」
「もちろん知ってるよ。でも一日くらい二人が休んじゃっても平気でしょ」
「え? 水帆も行くつもり?」
「だって私が言い出したんだし……」

 まるで当然とでも言いたげな表情で告げられる。

 これは僕の進路のことなのに、どうしてそこまで水帆が真剣になるんだろう。
 すごく不思議だった。

 でも、素直に嬉しかった。

 誰かが僕のことを真剣に悩んでくれる。話を聞いてくれる。そんなこと今まで一度もなかったから。
 僕に強い味方がついてくれたみたいで。

「……行ってみようかな」

 半々くらいの気持ちのうち、行きたい欲がほんの一パーセント上回った。

「じゃあ決まりだね!」

 ベンチに座る僕と、立ち上がって僕よりも目線の高い水帆。
 時折吹く風が水帆の髪を攫って、心地良さそうに踊る。ーーそれを押さえながら、微笑む姿は僕の心に強く刻まれた。

 どきどきと心は全力疾走。

 この、胸の高鳴りは一体何なのだろう。
 その答えを知るすべは、まだ今の僕に到底不可能だろうーー。