それから歩くこと二十分。閑静な住宅街を抜けて階段を登った先には、僕たちが住んでいる街が小さく見えるほどの高台に着いた。

 時折吹く風は強くて髪を攫ってしまいそうなほどだ。

「ここね、私が何かに落ち込んだり悩んだりしたときに来てたの」

 攫われる髪を手で押さえながら話す水帆の横顔は、どこか儚げで悲しげに見えた。
 声をかけようと思った。だが、僕は躊躇った。

「ハル、私に話があるって言ってたよね」

 ふいにそう告げられて、一瞬身体が強張った。

 水帆は、ベンチに腰掛ける。
 一方の僕は、緊張でどうにかなりそうだった。風のせいで身体が冷たいのか、それともこの緊張のせいなのか。

 ここまできてなお、決心がついてないのだろうか?

 ーーいいや、ちがう。さっき僕はこれが一番良い選択だと言ったじゃないか。自分の選んだ道を自分が信じなくてどうするんだ。

「うん、水帆に聞いてほしいことがある」

 ぐっと拳を握りしめると、半分空いていたベンチに腰掛ける。
 ぎしっとわずかに軋んだベンチ。

「ほんとは僕……」

 僕と水帆の間には、わずかに距離が空いていた。

「T大学なんて行きたくないんだっ!」

 僕の口からこぼれ落ちた言葉。

「でも……」

 のどの奥が苦しくなって、口ごもる。

「ハル、ゆっくりでいいよ」

 すると水帆が僕の背中をさすった。
 その手の温もりに安堵して、すーはーと呼吸を整えてから僕はまた口を開く。

「親が僕に医者になれって言うんだ」

「……親が?」
「うん。それで僕の進路は、中学の頃からずっとT大学を目指すために勉強を強いられてきた」

 ふわりと風が吹いて、僕たちを包み込むように背後から流れていく。

「親が医者なんだ……」

 一つ落ちればあとは数珠繋ぎのようで、

「だから今も放課後は誰よりも早く学校を出て、家に帰ると問題集の山が待っているんだ。やりたくもない勉強を僕はずっとしてる。親のために」

 それはもう、毎日終わりのない日々を過ごしてる。

「ほんとはさ……」

 感情が込み上げて、のどの奥がぐうっと苦しくなった。

 僕はたまらず空を見上げる。
十一月の空の変化は早い。だから、すでに空の青色を、紫がかった濃ゆい色が侵食し始めていた。
 もうすぐで夜を運んでくる。