「どうなんですかね……」
おもむろに視線を逸らしたら、そうかい、と二度告げられる。
「まあ考え方、捉え方は人それぞれだから答えだって違うだろうけど、自分の進みたい道に進むのが一番だと私は思うねえ」
自分の進みたい道……かぁ。
けれど、僕はーー。
「私はね、教師になってよかったと思っているよ。なにも後悔はしてない」
「……跡を継がなくてよかったんですか?」
「もちろん、大丈夫。親の跡を継ぐことよりもやりたいことが明白だったからね」
「そう、なんですか」
僕だってやりたいことは明白だ。
でも僕には、やりたいことがある、と素直に伝えることができない。
「きみは、何かやりたいことがあるのかね」
「あー…えっと……」
会話の話題が自分中心になると、そわそわして落ち着かなくなる。
そんな僕を察してか、まあいい、と首を何度も縦に振ったあと、
「きみが何かやりたいことがあるならそれを貫いてみるのも一つの手だと思うがね。なんせ人生は一度きりだ。時間なんて待ってはくれない。浜野くん、自分の人生の視野をもっと広げてみてもいいんじゃないのかね」
そう言ったあと、年老いたじいさんの独り言だと思って聞き流してくれ、と続けると、僕の肩をぽんぽんっと二度叩くと歩いて行く。
まくし立てられた言葉の半分も理解できていないようだったけれど、そんなことよりも今一番引っかかっていることは。
「あのっ、校長先生、僕の名前知ってたんですか?!」
確かに今、〝浜野〟って……
けれど、校長先生は僕の声に立ち止まることも振り向くこともなかった。
その代わり、右手を軽くあげて僕に返事をしたのだった。
誰に言われても僕の進路は変わらないと思っていたし、変えられるわけないと思っていた。
でも、僕よりもうんと長く生きた校長先生の言葉は重みがあって、何月を感じた。
「ありがとう、ございます…っ!」
校長先生の遠ざかる後ろ姿に、僕は小さく声を上げたのだった。