しばらく描くことに没頭していると、うわっ、すごい! どこからともなく聞こえてきた。
 その声にキャンパスから意識が途切れてあたりを見渡すと。

「……水帆?」

「ハルの絵うまいね!」

 僕のすぐ隣から顔をひょっこり覗かせたのは、水帆だった。

「なに、してるの?」

 さすがの僕も驚いて、完成したキャンパスを手放して尻餅をついてしまう。

「なにって、休憩がてらハルの絵を見に来たの!」

 僕が落としたキャンパスの汚れをパンパンとはたきながら、はい、と僕へ手渡した。

「…ありがとう」

 力なく受け取る。

 この前の元気のない表情とはまるで対照的なほど水帆が明るくて、僕は目をまん丸に彼女を見つめる。

「もう私びっくりしちゃった!」

 そう言って、ふふふっと笑う。

「びっ、くり……?」
「だってこんなにうまいんだもん」
「えっ? うま、い……?」
「うん! 風景のチョイスの仕方もそうだけど、色の塗り方や陰影の付け方とか、とにかく言葉では言い表せないほどすごいの! うまいの!」

 まくし立てられるように告げられて困惑した。

「あ、えっと……」

 誰かに自分の絵を褒めてもらったのは久しぶりだった。

「ハル、どうして絵がうまいの隠してたの?」
「え? …いや、べつに隠してたつもりはないんだけど…」
「けど?」

 一瞬、口から言葉が漏れそうになるが、僕は慌てて口を押さえた。

 ーーけれど、どうせ誰かに言ったところで僕の未来が変わるわけないから。

「ハル?」

 僕は自分の人生を望んではいけないんだ。

 望んだって叶わない願いなら、いっそのこと忘れてしまった方がいい。

 だから。

「言うほどのものじゃないかなって思ったんだよね」

 ほんとに、その通りで。
 親にだって僕の絵を褒めてもらったことなんかない。

「そんなことないよ!」

 それなのに水帆だけは違った。

「ハルの絵はすごいんだよ!」

 芝生の上に両膝をついた彼女。汚れることなんかお構いなしに僕の目を真っ直ぐ見つめた。