「え、忘れた? …でも、さっき嫌なことがあったって…」

 僕の〝悩み〟なんて誰が聞きたいんだ。

 聞いたってきっとろくなことにならないし、僕の未来を変えられるわけじゃない。

 この空気と彼女の優しさに惑わされちゃダメだ。水帆を巻き込むな。自分で何とかするんだ。

「うーんそうなんだけど、ほんとに忘れちゃったよ! やっぱり僕って物覚え悪いなぁ」
「……ほんとに?」

 ぱちんっと両手を合わせると、

「心配かけてごめん!」

 そう言えば全部が流れてゆくと知っていた。

 僕はずっと親の言うことを聞くことでしか生きられない。
 今も、そしてこれからも。

 だって、浜野晴海なのだから。

 どんなにもがいたってそれは変わることのない事実だ。

 やりたいことをできない理不尽さを思い知らされてから、僕は自分の気持ちを心の奥底に押し込んで諦めることを覚えたじゃないか。
 今までできたことだ。
これからだって大丈夫。きっと、諦めがつく。

「でも、ハル、」

 彼女が口を開いた瞬間ーー

「あれー、ハル?」

 気の抜けた声が落ちる。

 ドアへと視線を負ければ、クラスメイトがかばんの肩紐を一つだけ肩にかけながらやって来た。

「もう来てたんだ。いつもこの時間?」
「あー、いや! 今日はたまたま偶然早く目が覚めちゃって」
「へーそうなんだ! いつももっと遅いじゃん。ハルに負けたの初めてだわー」
「た、確かに、僕も初めて勝ったかも」
「だよなー」

 僕がクラスメイトと話している間、水帆は一言たりとも発しはしなかった。

「うげっ! 最悪!」
「どうしたの?」
「弁当忘れた!」

 頭を抱えたあと、うわーほんっと最悪、と盛大な独り言を漏らしながらしばらく落ち込む彼。

 ふいに水帆へと視線を向けると、ぶつかった。また何か言われるんじゃないかと、どきっと小さく疾走していると、なあハル! と僕を呼ぶから、ぐりんっと首を前へと向ける。