教室のドアを開ける前に、すーはーと呼吸を整えて口元をにーっと広げてみせる。
……うん、大丈夫大丈夫。今日もいつもの自分らしくいればいい。
心なしか緊張しながら教室のドアを開ける。
「おはよう、ハル」
「あ、うん、おはよう」
そうしたらいつものように水帆が出迎えた。
「昨日はあれから帰ったの?」
「うん、帰ったよ。でも水帆が僕のこと置いて行くからさぁ」
不満めいたようにわざと唇を尖らせてみせると、あっそれは、と慌てた水帆の身体ごと僕の方へ向いた。
「早く帰らないと親に心配かけちゃうと思って焦ってたらつい…」
「つい置いて帰っちゃった?」
「だっ、だからそれは!」
これ以上からかうことをやめて、
「僕こそごめんね」
彼女の言葉を遮って謝ると、え、と瞬きを繰り返す水帆。
「どうしてハルが謝るの?」
「だってあんな夜道を女の子一人で帰らせてしまったし」
「そ、それは私が勝手に!」
「うん、でもごめん。今度はそんなことしないから」
そう言ってみたものの今度っていつだ、と心の中で自問自答していると、ふいにグーっとお腹が鳴る。
そういえば朝食がまだだったことを思い出し、かばんの中から袋を取り出して、いただきますと手を合わせる。
「…あれ、朝ごはん食べて来なかったの?」
口を開けておにぎりにかじりついた矢先、そんなことを尋ねられる。
「ふぉれかふぁ、ふぁへてくふのわふれてゃって」
「……え、なに?」
そんなやりとりが三回続いたものだから、水帆に苦笑いされる。
ようやく口の中が空っぽになって、それがさぁ、と話し始める。
「朝起きて準備したのはよかったんだけど、食べて来るの忘れちゃったんだよね。お腹空いてなかったのかなぁ」
「え、そんなことってあるの?」
「まあ、僕に限ってはあるみたいだね」
おどけてみせると、「もう、なにそれ」とクスッと笑った。
僕も、笑う。心の中をひた隠しにして。
水帆との二人だけの時間をたっぷり過ごせるのは嬉しいけれど、今日だけは少し複雑だった。