「だったら早く提出なさい」

 一も二もなく切り捨てると、ぴしゃりと僕の言葉を遮った。

 そして。

「悩んだってどうせ時間の無駄なんだから」

 と、追い討ちをかけると残りの半分の水を一気に飲み干すと、グラスをシンクへ置いた。

 〝どうせ時間の無駄〟

 僕が進路について悩む時間を母さんは無駄だと言った。

 ……なんだよ。僕のほんとの気持ちなんか一切聞きもせず自分たちの気持ちを押し付けるばかりで。

 ほんとは、僕にだってーー…

 何も言い返せなくて悔しくなった僕は、拳をギュッと握りしめて歯を食いしばると、かばんを肩にかけた。

「あらどこ行くの。まだ話の途中じゃない」
「今日日直だから早く学校に行かないといけないから」
「…あらそうなの」

 なんて全部嘘だ。
早くここから逃げるための言い訳だ。

 足を進めてリビングから出ようとしたそのとき、あ、と何かを思い出したかのように声をあげた声が背後から聞こえて、ピタリと足が止まる。ら

「それと私とお父さんね、今日も帰りが遅くなるから一人で食べてちょうだいね」

 そんなこと言われなくたって。

「…うん、分かってる」

 もうずっと母さんたちは帰りが遅くて一緒にご飯を食べてない。ーーなんてこと、きっと母さんたちは気にしてない。

 僕だけが、一人傷ついている。

「じゃあもう行くから」

 母さんと目も合わせることなくリビングを抜け出すと、自分の部屋へと逆戻り。
 机の上に置いてあったしわくちゃに広げられたまま、無惨に放置されていた進路表を握りしめて、かばんの中に乱暴に押し込むとパタンっとドアを閉めた。

 一刻も早くこの家を抜け出したかった僕は、朝食も取らずにかばん片手に逃げ出した。

 ……ああ、この家の空気は重たい。

 それが僕には、どうしても耐えられない。

 そう思って逃げ出したのに、肺の中がぎゅうぎゅうっと締め付けられるような痛みがしばらくおさまらなかったーー。