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「これ、どうしよー」
屋上に駆け上がった僕はアスファルトに寝転んで、右手で掴んでいた進路表を空へと掲げる。
夕焼けのオレンジ色がプリントに透けて、僕が記入した進学の文字がぼやけて見えた。
【進路表】の文字が大きく主張されている一段下の名前のところに浜野晴海。2-4。
第一志望のところにだけ、T大学と記入をしてあった。
進路表。
今まで悩むことなんてなかった。
初めから僕が進む道なんて用意されていたからだ。
拒否権は僕にはなくて〝はい〟と首を縦に振ることが僕に与えられた唯一の権利だった。ーーいや、権利なんてものなんかではなく、そうせざるを得ない。そうするほかなくて、その一つしか答えは用意されていないのだ。
だから僕は、今までその答えに反発してきたことなんかなかった。それが当然だと思ったから。そうやってこれからも生きていくものだと思っていたから。
子どもの頃から教えられて、ーーそれはある種、マインドコントロールに近いものかもしれなかった。
「あーあ…」
なんだよ、これ。
もう一度考えてくれ、ってどうするんだ。
考えたって結果は同じだ。答えはこれ以外にない。僕はそれを嫌というほど理解している。
だからなるべく考えないように提出期限の二週間前に提出したんだ。
もちろん、前原先生がいい先生なのは二年も俺の担任をしていれば分かる。
生徒の一人一人をちゃんと見ていて、困ったことがあればすぐに声をかけてくれるし助けてくれる。優しい先生だということは、クラスお墨付きだ。
けれど、それとこれとは話がべつだ。
ーーもう一度考えてみてくれ、なんて僕からすれば。
「余計なお世話だー!」
文句を空へと投げつけたあと、むくりと起き上がってあぐらをかく。進路表を慣れた手つきで折って紙ヒコーキを作った。
小学生低学年の頃に作って以来、紙ヒコーキなんて作っていなかったけれど、僕の頭には作り方がしっかりと記憶されていた。
フェンスに近づいて紙ヒコーキにした進路表を見つめる。
今この手を離せば、どこへ飛んでいくんだろうか。この進路表は、僕の行く末を知っているのだろうか。飛ばせば何か変わるだろうか。