◇

 僕は朝早く学校へ向かった。
 教室のドアを開けると、水帆はすでにそこにいて顔を合わせた瞬間、どちらかともなく「おはよう」と挨拶をするのが日課になった。

 やっぱり水帆の笑顔を見ると、心が穏やかになる。

「ハル、最近学校来るの早いんだね」
「早起きは三文の徳だ、って身にしみて分かったからね」
「え、何かいいことあったの?」

 それは、水帆に会えるから。
 ーーなんてこと言えない代わりに。

「まあね!」

 と、鼻歌を鳴らしながら席へ向かっていると、開けられた窓の外から楽器の音色が聴こえてきた。

 フルートにトランペット、トロンボーン。

「いい音色だね。吹奏楽部が練習してるのかなぁ」
「多分そうだと思うよ。ここの吹奏楽部、結構上位に選ばれるくらい上手いみたいだし」
「へえ、そうなんだぁ。それは知らなかったなぁ」
「二年も通ってるのに知らなかったの?」
「うん、みたいだね」

 心地よい風に、メロディーに、気になっているクラスメイトが揃ったこの空間は、僕にとって憩いの場となる。

「ハルってば抜けてるところよくあるよね」
「え? それって僕がアホだって言いたいの?」
「というよりは、天然って感じかなぁ」

 朝からこんなに綺麗なメロディーを水帆と聴けるなんて、いい日すぎる。
 まるで僕たち二人に聴かせてくれているような感じだ。

 ぴららららーん。
 メロディーにピアノの音色が重なった。

 ーーあっ、そういえば……

「水帆ってピアノできるんだったよね!」

 突然僕が話しかけたものだから、驚いて、えっ、と声を漏らして固まった彼女。

「水帆?」

 あれ、どうしたんだろう。返事がない。

「あのー、水帆?」

 僕が二度声をかけると、ようやくハッとして瞬きを数回繰り返したあと。

「ピアノが、なんだっけ?」
「ピアノ弾けるんだねって。ほら、この前の朝、音楽室で弾いてたでしょ? あれ僕、勝手に聴いちゃってさぁ」

 僕の言葉を聞いて記憶が手繰り寄せられたのか、あ、ああっ! あれね! と手を叩く。

「一応ね、少しだけどピアノ弾けるんだ」
「僕、音楽には詳しくないけど、すごく上手だったよね! 心に響いちゃったよ!」

 椅子からおしりがはみ出そうなくらい興奮して身を乗り出す。