その、はずだったのに。

「……帰らないの?」

 なぜか水帆は、かばんを机に置くと自分の席に座った。

 そして、

「ハルが一人は寂しいって顔してたから」
「……え、」

 僕を見てクスッと笑う。

「ハルって感情が表に出やすいよね。……あれ、そういえばこれ前にも一度言ったよね」

「え、僕が寂しそう……?」

 うそだ。僕、今そんな顔してたの?
 そりゃあね、確かにこの楽しい時間が続けばいい、なんて思ったけれど。

「寂しいなんて一言も……」

 言ってない、のに。

「寂しがり屋なハルのために日誌終わるまで待っててあげる」

 なんてすでに僕が寂しがり屋だと勝手に決めつけた水帆。

「なんで僕が、」

 寂しがり屋なんだよ。全然そんなことない。

 それなのに言葉はのどの奥に張り付いて出てこない。

 そんな僕を待たずに、

「ほら早く日誌終わらせて帰ろう」

 と、水帆の方が意気込んでいた。

 一人じゃない空間。
 水帆がいるだけでなぜかホッとする。

 それがすごく不思議だった。

「……うん」

 けれど僕は、素直に頷いてしまう。

 そしたら水帆は口元を緩めて笑った。すごく優しい顔をして。
 それからしばらく二人して記憶を思い出しながら日誌を書き進めた。

「二限目って何だったっけ?」
「えーっと、確か……あっ、数学!」
「じゃあ四限目は?」
「国語…じゃなかったかなぁ……て、ハル全然覚えてないじゃん」
「だってほんとに記憶がぼんやりで」
「もう〜、おじいちゃんしっかりして!」

 そんなやりとりに心から笑ったのだ。

 放課後、誰かとこんなふうに教室に残ったのなんて人生で産まれて初めてだった。

 楽しくておかしくて、今のこの時間がずっと続けばいいなんて思った。

 僕はきっとこの日を忘れないだろう。