「ーーえっ?」
今度は立場が逆になり、僕が驚くはめになる。
「晴海くん……でしょ? みんなからはハルって呼ばれてるよね」
「あ、うん、その通りです」
岩倉さんから 〝晴海くん〟と〝ハル〟と呼ばれただけで、僕の心はむずむずして落ち着かなくなって僕はたまらず敬語になる。
「クラスメイトの名前は一応みんな覚えてるから……だから、みんなの名前知ってても不思議じゃないでしょ」
「あー、うん? そうなるのかなぁ」
岩倉さんが言っていることが嘘じゃなければ、だが。
「晴海……ってさ、浜野くんにぴったりな名前だよね」
「え、急にどうしたの?」
不意を突かれたような話題に困惑して、ホースそっちのけでいると「だって」と言いかけた彼女は、一度僕から目を逸らして花壇へと視線を向けると髪の毛を掬って耳にかけながら、
「浜野くんって晴れた日の穏やかな陽気みたいで、広い海のようにみんなを包み込んでくれるような感じ。だからクラスのみんなと仲良くて、誰とでも打ち解けるの早いよね。名前に〝晴〟と〝海〟がついてて納得した」
そんなことを言う岩倉さんの横顔はとても楽しげで、僕の心だけがどきどきと疾走しているようだ。
中庭には、僕と岩倉さんの二人だけ。
まるで世界が僕たちだけになったような、そんな錯覚さえ起こしてしまいそうになる。
「あのさ」
それを聞いて僕は、いてもたってもいられなくなった。
もっと近づきたい。
ーーそんな感情が僕を奮い立たせる。
ホースからこぼれ落ちる水の音が、花壇の花にかかるのをかすかに耳先で拾いながら。
「ハルって呼んでよ」
その瞬間、え、と困惑した彼女の瞳が僕の方へ向いた。
「せっかく友達になれたのに名字呼びってなんかそっけないし」
気にせず言葉を続けると、彼女の瞳は右に左に揺れながら、「あ、う、えと…」と言葉を詰まらせる。
それでも僕の口は止まらない。
「だからさ、僕も水帆って呼んでもいい?」
名前を呼んだだけなのに、自分の鼓動が尋常じゃないくらい加速する。
「えっ……」
困惑する彼女をよそに僕は、
「ダメって言われても呼んじゃうけど」
「もう、強引だなぁ……」
そうしたら照れくさそうにふいっと視線を逸らされる。
花や葉にかかる弾ける水の音が、僕たちの世界を包み込む。
彼女がゆっくりと口を開いた瞬間、
「ハルー!」
ふいに突然、自分の名前を呼ばれた。