換気のため半分だけ開けられていた窓から少しひんやりした風が入り込む。
静かな時間が過ぎる中、グラウンドからは部活生の声が聞こえて熱気がここまで伝わってきそうだ。
中庭の方からは吹奏楽部が練習をしている音色が聴こえてくる。たまに音が外れるけれど、それでも止まりはしないメロディー。それを背中で受け止める。
「分かった」
重たい口を開いた先生。これでようやく進路について話が終わると安堵していると「でも」と続けて、
「提出期限はまだ二週間もあるし焦る必要はないから、これはまだ浜野に預けておく」
掴んだ進路表を僕へと差し出した。
「いや、でも僕は…」
それを返されても困る。僕に進路を決める権利なんてないのだから。
僕の手元に戻ってこられたら感情が揺らぐ。諦めかけたその思いが、全部台無しになる。
進路表を受け取れず、グッと唇を噛み締めたまま見つめていると、「浜野」僕の名前を呼んだ。
「今は自分の進路を決める大事な時期だ。人生は一度きりしかない。ここに書いてある進路でほんとにいいのか、後悔はないのか、ちゃんと考えてみてくれ」
再度僕へとプリントを突きつける。シャツにすれてカサッと音が鳴る。
「それでもこれでいいのなら俺はもうなにも言わない。浜野がしたいようにするといい」
突き放されたような言葉なのに、その奥から伝わる先生の優しさが痛いほどまっすぐ伝わった。
「……分かりました」
プリントを受け取ると、強く握りしめた。
プリントは、くしゃりとしわを寄せる。
〝進学〟と記入されている僕の進路表。第一志望にだけ大学名が書かれていた。
僕はそれを今まで当たり前だと、目指すべき場所だと思ってきた。それが間違いではないと思った。
ーーそう思いたかった。
「放課後に引き止めて悪かったな。じゃあ、また明日な」
先生は、ニコリと微笑んだ。
僕は、自分の手元へ戻ってきた進路表をこれからどうしようかと、そればかりが頭をめぐっていた。
それからちゃんと返事をして帰って来たのかどうかも分からずに、その部分の記憶だけが抜け落ちているようだった。