「夏樹のせいで話うーんと逸れちゃったじゃん!」
「それ俺のせいじゃないから」
「いーや、夏樹! …ってほらまたぁ!」
ダメだ。ダメだ。このままだと、ほんとうに話が逸れてしまいそうだ。首をぶんぶん振っていらないものを吹き飛ばす。
「もっと岩倉さんの話聞いてよ!」
「じゃあ聞いてるフリをしてやるから勝手に話せばいいじゃん」
「……え、それもう話の意味なくない?」
会話というのは、両者の心が向き合ったとき初めて成立する。
だからこれは、僕の一方通行で終わってしまうだろうと予想した。
「ーー冗談だよ」
だが、口元を緩めた夏樹。僕は呆気にとられて、え、と声を漏らす。
「さっきの話聞いてやるよ」
「……ほんと?」
なんだ。やっぱりこういうところは変わらず優しい。
ありがとう、と言おうと思って口を開きかけた瞬間。
「その代わり次の英語の授業で俺回ってくる番なんだよ。だから、十二pの英文訳して」
なんて言われたものだから、
「まさかの交換条件!!」
盛大にツッコミを入れたのだ。
そしたら購買から帰って来たであろう岩倉さんが僕の声に気づいて、視線がぶつかった。
どきっ、と小さく鼓動を揺らしていると、わずかに彼女が目元を緩めたのだ。
そして何事もなかったかのように友達と席へと戻った岩倉さん。
その微笑みが二人だけの合図のように見えて、
「ねえ、見た!? 今の見た?!」
小声で夏樹に詰め寄った。
「アイコンタクトしちゃったよ! やっべー。芸能人に会ったみたい!」
けれど彼は鬱陶しそうに眉間にしわを寄せて僕の頭を押し返す。
「会ったことあるのかよ」
「いや、ないけども! それだけ興奮するってことじゃん!」
小声で興奮する僕を見て、はいはい、と聞き流す夏樹。
ため息一つ落としたあと、
「そこまで言うなら声かけてくればいいじゃん」
「まあそうなんだけどさぁ、ここ教室だし…」
岩倉さんは男子と話してる姿を見たことがない。噂では、人見知りだから、とか聞いたことあるけれど実際のところどうなんだろう。
「そんなこと言ってると他の誰かにとられるぞ」
「他の誰かって……」
誰なんだろう? 数秒考えたあと、ある人物が頭の中に浮かんだ。