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 今朝の会話は夢じゃないんだよね? 幻でもないよな? ちゃんと現実なんだよね?

 ……うわー、やばい。

「なーにニヤけてんの!」

 瞬間、頬にひやっとしたものが触れて驚いた僕は、「ぅわっ!」と声をあげて一気に飛び起きた。

「……夏樹」

 すると、目の前にいたのは、高校の入学式で知り合った川栄夏樹(かわえなつき)ーーが、冷えた缶ジュースをぶら下げながら僕を見下ろして笑っていた。

 僕よりはるかに高身長で、明るい髪色とは裏腹に落ち着いた物腰もあって、何をやらせても完璧だ。つまりはよくモテる。
 僕とはまるで対照的なほどに。

 それなのに浮ついた話は一切出てこない。

 夏樹と一緒にいるようになって二年になるけれど、色恋的な部分について彼にはまだ謎が多そうだ。

「ほらこれ、ハルの分」

 彼は僕のことを〝ハル〟と呼ぶ。

 それは夏樹だけに限ったことではなく、仲良くなった人はみんな僕のことをそう呼んでくれる。

「ありがとう」

 昼休みに入り、どちらがジュースを買いに行くのかジャンケンをしたところ、僕が買ったので夏樹に頼んでいたのだ。

「それよりなんで今、ニヤけてたの」

 僕の前の席にどかっと座ると、ついでに買って来たであろう購買のパンを開けた。

「……僕、そんなにニヤけてた?」
「ああかなり。変質者並みに顔緩んでて声かけようか迷うほどにな」

どうやら僕は相当顔がやばかったらしい。

「変質者って……随分、例えがひどすぎない?」
「それくらいやばかったってこと」
「友達に対してそんなこと言っちゃう?」

 僕の言葉に顔を歪めた彼の心が手にとるように分かる。一言で言うなれば、〝面倒くさい〟だろう。

「で、なんでそんなになってたわけ?」

 進まない話に痺れを切らした夏樹は、僕の問いに答えることはなかった。
 けれど、僕はそんなことでは挫けない。

「よくぞ聞いてくれた!」

 今朝のことを思い出すだけで、胸の高鳴りを感じた僕はテンションが急上昇していく。
うざい絡みになる僕の顔を見て眉間にしわを寄せた夏樹。

「……やっぱ遠慮して…」
「お願い聞いてください!」

 土下座並に机の上におでこをこすりつけた僕。