「えっと」

 落ち着け、僕。ここで焦ってしまえば全部がダメになる。先走りそうになる感情をぐっと堪える。

「勝手に聴いてごめん! ピアノの音色が聞こえたから、つい気になって…」

 勝手に盗み聴きして怒っているだろうかと不安になりながら言い訳をする僕と、前のめりになりそうな感情が交錯する。

「う、うん、大丈夫…」

 小さくこくんと頷いた彼女を見て、ホッと安堵した僕。
 授業以外で音楽室へ来たことはなかったけれど、不思議と心が落ち着く。

「昨日はごめんね。津田くんがあんなこと言っちゃって岩倉さんの気を悪くさせちゃったよね」

 僕の言葉で昨日のことを思い出したのか、「え、あっ…」と顔を真っ赤にさせた彼女は目線を下げる。

「う、ううん、大丈夫」

 その表情は、熟れたリンゴのようで、ふわりと入り込んだ風に流れて花の匂いがした。

 ……あ、いい匂い。岩倉さんの匂いかな……て、なに僕は変態みたいなことを思って……!

「そ、そういえば昨日、岩倉さん僕に話しかけてくれたけど何か用でもあった?」

 無理やり話題を切り替えると、え、と困惑した彼女は声を漏らす。

「ーーなんて、違ったらごめん」

 あまり警戒心を持たれないように、ははは、と笑っておどけて見せる。
 すると「ーあっ」と声を漏らした岩倉さんは、おもむろにかばんを掴んだ。

「あのね、これっ」

 そうして取り出したのは、昨日僕が確かに探していた〝紙ヒコーキ〟だった。

「えっ、どうしてこれを……」

 困惑した僕は、かちーんと固まった。
すると、視線を右に左に揺らしたあと、「えっとね」と小さく口を開く。

「昨日、帰ろうとしてたらそれが地面に落ちてたの。誰かの忘れ物かなって気になって申し訳なかったんだけど、紙を開いてみたんだ」

 さっきまで恥ずかしそうに頬を染めていた彼女が、ここまで長々と言葉をしゃべってくれるとは想定外で。

「そしたら浜野くんの名前が書いてあったから……」

 その姿が一生懸命な小リスのように見えて鼻の下が伸びそうになるのを抑えながら、

「そうだったんだ。拾ってくれて助かったよ!」

 ありがとう、と言いながら受け取ると、ううん、と首を振った岩倉さんはホッと安堵しているようだった。