「あのっ、前原先生いますか!」
職員室の前で声をあげると机の上で作業をしていた先生が、おお浜野早いなぁ、と言ったあと、入れ入れ、と僕を促した。
失礼します、と口早に告げて足を踏み入れる。一歩進むごとにどきどきが疾走する。
今なでなら職員室は寄り付きたくない場所だった。
この時期になるとピリピリムードが漂う。
そんなときに職員室に呼ばれるのは、進路関係についてだ。
つい三週間前に僕は先生に呼ばれてここへやって来た。そのときは、提出期限が早すぎて進路表を返されたわけだけれど。あと二週間あるからよく考えるように、と言われたのにそれから一週間も過ぎてしまった。
「浜野がこんな早くに学校に来るなんてなぁ」
「え、あ、ちょっと早く目が覚めたので」
「そうかそうか」
今さら進路表の変更なんて可能なのかどうか分からない。
先生がそれを認めてくれるかも分からない。
「それより、どうしたんだ?」
けれど、僕の心が決まったからには言わない選択肢はなかった。
朝、まだ時間が早いため他の先生の姿も見えなかった。
二人きりは緊張するけれど、誰にも気にすることなく話ができる。そう考えると、タイミング的にはよかった。
「あのっ、ですね」
緊張して、のどが唇が乾く。唇が乾く。
そのせいですらすらとしゃべることができない。おまけに換気のため開けられた窓からはひんやりとした風が入り込んで、乾きをさらに加速させる。
落ち着け、僕。家族にだって話せたんだ。水帆にも話せた。あとは先生だけだ。
落ち着いて話せばちゃんと分かってくれるはずだ。すーはーと呼吸を整えて話しだす。
「実は進路のことで折り言ってお話が…」
「進路? 折り言って?」
どきどきが疾走する。
今にでも口から心臓が飛び出してしまいそうだ。
「言ってみなさい」
作業の手を完全に止めた先生の身体は、キャスター付きの椅子ごと僕の方へ向き直る。
そのときの表情は、真剣だった。
「えっと、あの……」僕は固唾を飲んだ。