家を飛び出して三十分。水帆と分かれたあと、僕は家に帰ったけれど、玄関のドアを開けられずにいた。

 僕から家を飛び出したのに、すぐに帰って来るなんてほんと情けなくて恥ずかしい。
 きっと、両親は呆れている。僕のことを出来損ないだと思って、もう話を聞いてくれないかもしれない。
 病院に戻っているかもしれない。

 ネガティブな感情が湧き上がって、どんどん僕は弱くなる。

 ふいに、手のひらを見つめた。

そこには、まだ水帆の手の温もりが微かに余韻として残っていた。

 ーーこのままじゃダメだ。水帆のためにさっき、頑張るって決めたじゃないか。

 ぎゅっと拳を握りしめると、「よしっ」歯を食いしばって重たい玄関のドアを開けた。

「どこに行ってたんだ」

 すると、一番に待ち構えていたのは父さんだった。

 驚いて何も言えずにいると、「どこに行ってたんだ」ともう一度尋ねられる。
唾をゴクリと飲んで、「ちょっと外の空気を吸いに」と小さな声で返事をすると、そうか、とため息をつかれたあと、

「とにかくリビングに来なさい」

 ニコリともしない父さんは無表情のまま一言そう告げると、僕の返事を待たずに足早に歩いて行った。

 父さんの姿が見えなくなるのを確認しながら、はあ、とため息を吐いたあと、靴を脱いでリビングへ向かった。


 三〇分ほど前と同じ景色が目の前に広がる。
 だが、一つだけ違うところがあるとすれば、それは母さんがソファに座っていたことだ。

 一瞬僕の方へ視線を向けたが、何事もなかったかのように僕から目を逸らす。
 どうやら僕に言いたいことがなくなったらしい。それほどまでに母さんを落胆させてしまったみたいだ。

「晴海、座りなさい」

 父さんは同じ椅子へ座った。椅子を引いて僕も座った。

 また張り詰めそうな空気が漂う。その空気に僕は押しつぶされてしまいそうだ。
 十二月前なのに汗が滲みそうなほど、とにかく居心地が悪かった。

「さっきの話はほんとなのか」

 なんの脈絡もなく告げられるから気の抜けた僕は、え、と声を漏らした。

「え、って。おまえ、さっき自分で言ってたじゃないか。ほんとは絵を描きたいって」
「え、あ、うん……」

 言った。確かに言ったけれど。