高校二年の十一月。つい最近まで蝉がそこらじゅうで大合唱をしていたはずなのに、最近では蝉の鳴き声もほとんど聞こえなくなって、その代わりに夕方になると鈴虫の鳴き声が響いていた。葉の色も緑から茶色に変わりつつあり、枯れた葉は枝から離れて地面へと落ちる。咲いている花も、変化してゆく。
放課後、僕は担任の先生に呼ばれた。
部活もしていなければテストの点数だって悪くもなく、友人関係だって良好な僕が、なぜ放課後に呼び出さなければならないのか分からないまま職員室へ向かった。
「呼び出して悪いな、浜野」
「いえ、大丈夫ですよ」
特に予定も何もなかった僕は急な呼び出しが割り込んできても問題はない。
「さっそくなんだが」
ファイルから取り出した一枚の紙を机の上に載せると、これのことなんだ、と先生は言った。
そこには『進路表』と書かれていた。
「えーっと……?」
なぜ、僕が進路表のことで呼び出されるんだ? だって僕は、進学だと記入をしていた。それに提出期限だって守られている。それの何がいけないというのだろう。
それともあれか? 記入漏れと記入欄がズレていたとか……?
「いや、あのな。この進路表を疑っているわけではないんだが、あまりにも提出が早すぎてほんとに考えたのかどうか心配になってな」
プリントを見つめたまま固まっていた僕に、困惑したような表情を浮かべながらガシガシと頭をかく先生は、どうやら僕の心配をしてくれていたようだ。
「進路表を配ったのが昨日だっただろ? それなのに一日で持って来たのは浜野だけだったから」
そうだったのか。それは知らなかった。でも、進路が決まっていたならすぐに提出した方が自分の手元から進路表がいなくなってくれて気が楽になる。そう思って僕は期限の二週間前に提出したのだ。
「そうだったんですね。心配してくれてありがとうございます。でも先生、心配はいりませんよ。僕はその進路で大丈夫です」
大丈夫、その言葉はまるで自分に言い聞かせているようだ。