光雪の前に二人並んで座す。此処は雪女の郷の一族が揃う屋敷の最奥の間だった。二人を見守る形で大勢の雪女たちが広間に在席し、雪月と華乃子の婚姻の宣誓を見守っていた。

「光雪さま。わたくし雪月は、鷹村華乃子殿と番うこと宣誓し、一族の結束と繁栄のために尽力することを誓います」

光雪の前で深くこうべを垂れ、雪月は華乃子と結婚することを宣誓した。華乃子も続く。

「雪月さんを助け、添い遂げることを誓います」

華乃子も、雪月を倣って光雪の前で深くこうべを垂れた。光雪が広間中に響き渡る声で、宣誓を受諾する。

「雪月の婚姻はこれによって成された。みなは雪月と華乃子を支え、一族の繁栄に力を尽くせ」

凛とした声に、同席していた全ての雪女たちが深く礼をした。その上座には沙雪も居て、彼女はまだ少し悔しそうだった。
雪山に置き去りにされたときのことを、雪月は桜島から帰る道すがら謝罪してくれた。なんでも千雪から助けに行くのを止められていたそうで、あの場で華乃子があやかしとしての力を発揮できなければ、沙雪の婚約者の立場はますます強固なものとなってしまっただろうとのことだった。

「それでも最終的に華乃子さんを助けに行かない選択をしたのは僕の意思でしたから、謝罪のしようがないと思っていました。あの時は本当にすみませんでした」

深く詫びてくれる雪月に、そんな理由があったなら仕方ないと、華乃子は微笑んだ。千雪も雪月も、結果的には華乃子が寛人と決別するための力を授けてくれたようなものだし、理由さえわかれば彼らの選択も納得できる。それに、桜島では寛人の呪縛から助けてもらった。

「あの時、水の鎖が凍らなかったら、私は寛人さんに連れていかれていたかもしれませんから、私のほうこそ先生にお礼を申し上げなくてはならないわ」

華乃子がそう言うと、あれは機が味方したんです、と雪月は言った。

「雪女の跡目とはいえ、龍族の彼に真っ向勝負では敵いませんから。太助くんが彼を攻撃した時に術が緩んだのを、彼が水の鎖を再構築していた隙に攻撃したのです。彼も華乃子さんが力を使えないことで油断していたのでしょう。それでなければ跳ね返されていました」

そうだったのか。現世に帰ったら、二人にも礼を言わなくてはならない。

「私も、郷で認めてもらえるように力を使えるようにならなくてはなりませんね」

笑って言うと、雪月は光雪が居る間は居住を現世と幽世、両方に持つから当分はその必要はないと言った。それがもしかして、人として生きていきたいと思っていた華乃子のことを想ってのことだとしたら、雪月はなんてやさしいんだろうと思う。

「今回、物語を書くことで自分が幸せになれることを知ってしまったので、この幸せを読んで下さる方に還元したいのです」

そうも言う雪月の作品は、きっとこれから大団円の話が多くなるだろう。悲恋も美しいけど、人々に夢を持たせる大団円は、やはり未来がある。華乃子も、良いですね、と微笑んで同意した。

「私がまたお手伝いできればいいのですけど……」
「僕からもう一度編集長にお願いしてみます。九頭宮さんのこともどうにかしなければなりませんし……」

華乃子は桜島での寛人のことを思い出した。あの時華乃子に妖しい目で迫った彼は、果たして華乃子を諦めてくれるだろうか。現世に戻ったら彼の許で働くことになるわけなので、そこは不安が残る。

「寛人さんは私の十五年という長い時間をかけて、あの一瞬に賭けていたのだと思います。そう考えると、龍は蛇が長く生きた姿という説もありますが、今思うと確かに蛇のように周到でしつこい性質だった気がします……」

ふむ、と雪月は頷いて、現世でも出来るだけ早く結婚式を上げましょう、と提案してくれた。

「既婚、ということになれば、まず今まで通りには華乃子さんを誘えなくなります。僕も出来るだけ一緒に居るようにしますので、何とかお守りします。力のことで不足があれば、今は光雪さまを頼るのも一手かと。僕の力が足りなくて申し訳ありませんが、のちのち僕が一族を背負って立てるだけの力を持てば、彼もそうそうなことでは手を出してこないでしょう」

雪月と同じく現世と幽世両方に身を置く寛人だからこそ、二重の用心が必要だ。それを光雪と雪月が請け負ってくれるということで、華乃子はやっと安心出来た。