「白飛! 太助! 貴方たちは避(よ)けて! このままだと燃えちゃう!!」
ぐんぐん火口へと近づいて行って、業火がすぐそこだ。白飛は薄い木綿の体だし、太助も毛皮が燃えてしまう。
『し、しかし、華乃子……!』
「私には先生が居るから!!」
そう。雪月が居れば、何も怖くない。
華乃子は二人にそう言って、白飛の上から火口へと飛び降りた。
『華乃子―――!』
火口へ落ちていくにつれ熱くなる空気。その下の炎の中で焼かれている雪月が居る。白い着物が焼け焦げている。もう『火入れ』が終わってしまったのだろうか。
「先生っ!!」
華乃子は雪月に向かって手を伸ばした。そして唱える。
「汝、水の御子と成れ!! 鬼火は御霊と共に散りにけり!!」
華乃子が唱えた瞬間、雪月を囲っていた火の玉は蒸発する水と共に消え失せ、火口にぽっかりと火のない地面が現れた。
「先生っ!!」
炎の壁がなくなった雪月の胸に、華乃子は飛び込んだ。衣の焼けたにおいがするが、雪月は無事だった。ほっとする華乃子に、雪月は怒鳴った。
「華乃子さん、なんて危ないことをするんですか!! 一つ間違えれば貴女は桜島の灰となっていたのですよ!?」
後になってから気付いたのだが、怒鳴る雪月という、貴重な側面を見たものだと思う。しかしこの時は夢中だったから気づかなかった。
「先生こそ危ないことはしないでください!! 先生が命を懸ける必要なんて、何処にもありません!!」
「雪女の魂を抜かなければ、貴女を雪女の郷の跡目騒動に巻き込んでしまうのです。だから……っ」
「先生……」
雪月は華乃子を郷の跡目騒動に巻き込んでしまうから火入れをするんだという。それはつまり、華乃子と添い遂げようとする意志があることを意味する。
「先生が私を想ってくださるのと同じくらい、私も先生のことが大事です。先生の魂ごと、私は愛してみせます」
はっきりと、雪月に向かって華乃子は言った。
華乃子にとって雪月は、あの物語をくれた大切な人だ。華乃子を初めて幸せにしてくれたあの物語。あの物語の先に自分たちの未来が拓けているなら、華乃子は其処を雪月とともに歩きたい。雪月があやかしでも良い。火入れが終わってしまっていて、人間になっていても、全然かまわなかった。だって華乃子は、雪月の心を愛しているのだから。
雪月はそんな華乃子に、参りましたね、と何時もの頼りない笑みでこう言った。
「貴女に助けられてばかりの私ですが、貴女を魂の限り幸せにすると誓います。私に付いて来てくださいますか?」
「先生はいつも私のことを幸せにしてくださいます。ここで『はい』という返事以外、何とお返ししたら良いのでしょうか……」
居場所を見つけた。これ以上ないくらいに、嬉しい居場所。
愛する人の隣という、かけがえのない其処を、誰にも渡さない。
この気持ちは力が強いからとか、半妖だからとか関係なく、心が求めたもの。
だから安心して貴方に委ねられる。
私の髪一本、涙一滴まで、貴方に捧げます……。