あの時、愛していると言っておきながら雪山に助けに来てくれなかった雪月のことを、華乃子は理解できないだろう。でも華乃子が雪月についてから、あやかしと人間の間に起こるかもしれない恋話を沢山した。あやかしと人間の恋物語を話しているときの雪月は生き生きしていた。きっとおそらく、あやかしと人間の間に恋愛が成立すると思っている、数少ないあやかしだ。……千雪と一夜のように……。

「……先生は……、あやかしのことも、人間のこともよくご存じで……、私は、先生の描かれるその話が、とても好きでした……。悲恋が多い中、……私をモデルに大団円を書いてくださって、……そこに先生の想いが……」

そう。雪月は言っていた。
物語の中だけでも良い、華乃子を幸せにしたいと……。
それは雪月の筆によって現実となった。
そして……。

「雪月さんも小さい頃に華乃子さんに会って力を付けて、華乃子さんに会いに行ったんでしょう? 僕と、何が違うの?」

目の前の雪樹は真剣なまなざしだ。しかし、彼の本気の源が力である限り、華乃子は雪樹に応えられない。

「雪樹くんと先生とは違うの……。貴方には分からないものが、私たち人間には、あるのよ……」

雪樹が真剣だから、華乃子も真剣に彼の目を見て返す。雪樹は尚も分からない、といった顔をして、少しふくれっ面になった。

「わかんないよ……。僕はあやかしだから、人間のことなんて……。心ってどうにでもなるあやふやなものなんでしょ? そんなものを基準に、負けるのは嫌だ……」

まるで駄々っ子のように、少し目に涙をためて雪樹が言う。彼の頭を、華乃子は撫でた。

「雪樹くんの気持ちも、嬉しいわ。でも私は、私に心を寄せてくれる人が良いの」
「……それが、雪月さんなの……?」

素直な子供の質問だったが、それは華乃子の心にすとんと落ちた。
そうだ……。
雪月があやかしだからどうとか。
寛人と同じく力で求められるのならどうとか。
そういう彼の理由はどうであれ、華乃子は雪月が好きなのだ。……雪山で置き去りにされて裏切られた気持ちになっていても、彼が他の女性と結婚を決めたとしても、華乃子の心は雪月にある。雪月とあの女性が一緒に居るところを見ただけで心臓が跳ねた、あの理由は、華乃子が雪月を愛している証拠なのだ。

なんて滑稽な……。
寛人の求婚を受け、雪月とも会えない状態でそんな簡単なことに気付くなんて……。

「そう、ね……」

ぽろり、と。
頬を雫が伝った。

「あ、……あれ……」

ぽろぽろと、零れて止まらない。後から後から溢れてくる涙は、雪月への想いに直結していた。

「お、おかしいな……。止まらない……」

ぽろぽろ、ぽろぽろ、涙が零れる。
この涙の理由は。
避けられていても良い。拒絶されても良い。ただ、彼に好きだと伝えたい。
その想いは今この一瞬に、大きなゴム風船のように膨らんだ。
弾けてしまいそう。貴方に恋する、この想いが。

「そうね、そうだわ。私……」

華乃子はぽろぽろと涙を零しながら、雪樹に笑顔を向けた。

「私は、雪月さんが好き」