*
「君を伴って社交パーティーに出席できるとは嬉しいね」
寛人は満面の笑みでそう言った。
パーティーとは現世に身を置いているあやかしたちのパーティーで、人間の姿を取れる者たちの集まりだ。華乃子は寛人によって仕立てられた紫色のドレスを身に纏い、エスコートする寛人の手に手を置いていた。
まさか取材していた時にモデルになってもらった上流階級のご婦人たちのように、こんな豪奢なドレスを身に纏うことがあるとは思わなかった。真珠のネックレスもダイヤの髪飾りも、自分の身分からしたら分不相応な気がしてならない。それでも隙なく燕尾服を着こなす寛人の横を歩き(この前婦人靴について取材したばかりだった。その時に試着させてもらったがそれが役に立った)、通りすがりの紳士婦人と挨拶を交わす。
「やあ、九頭宮の。ついに意中の人の心を射抜いたのかい。おめでとう」
「正式な婚儀はまだですが、求婚を受け入れてもらったので嬉しくて連れてきました」
にこにこと上機嫌を隠さない寛人の横で、華乃子は果たしてこれで良かったのだろうかと思案していた。確かに寛人に返事をしてから直ぐに一夜から連絡があり、九頭宮から援助の話があったと言っていた。援助の話は特に継母が喜んでいるらしく、電話口から猫なで声で、「ここは何時まで経っても貴女の家よ。いつでも遊びにいらっしゃい」などと猫なで声で言われ、その変わり身の早さに驚いた。
こうして金の力に媚びる人間も居るのだ。華乃子が寛人の求婚を受けたからと言ってどうということはない。そう言い聞かせて館内のホールを回っているときだった。
また一組が、新たにパーティー会場に現れたようだった。しかし、その一組は男女ではなかった。大人の男の人と、十二、三歳くらいの男の子。……大人の男の人は見覚えがある。雪女の郷で、千雪と話していた、あの男の人だ。
二人は玄関を入ると周りからの挨拶をそこそこに、華乃子たちの方へと歩いてきた。そして寛人が別の人に挨拶をしているところを呼び止めた。
「九頭宮の。我が一族の娘を勝手に連れまわってもらっては困る」
燕尾服姿の男性、光雪は、寛人の肩をぐっと掴んだ。忌々し気に寛人が光雪を見ると、光雪も好戦的な目になる。
「今此処で、力をぶつけるか? 傍系の傍系、龍一族の末席に名を連ねるお前が、雪女の当主の私と?」
ふう、と光雪が息を吹く。それだけで寛人の髪の毛は凍り、寛人自身は身震いをした。
「所詮、水の御霊も操れぬお前には、私の相手は五百年早いのだよ」
冷ややかな目で寛人を見る光雪に寛人が睨み返すが、手を動かそうにも燕尾服に含まれていた水分が凍って、腕を動かす度に氷がぽろぽろと零れ落ちた。本人はとても動きにくそうだ。
「く……っ! 龍族より劣る雪女が……っ!」
寛人はそう叫ぶと、ぐん、と腕を振るい、光雪に襲い掛かった。その時びゅうという風の音と共にこの場にだけ雪が吹き荒れ、寛人は雪と共に吹き飛ばされた。
長身の体がドオンと音を立てて壁にぶつかる。周りではパーティーの参加者たちがざわざわとこの顛末を見届けていた。
「九頭宮のが負けたぞ」
「龍族の力の衰えはここまでなのか」
「いや寛人殿は直系ではない」
「しかし、長はもう子を作らんだろう?」
「立て直しは効くのか」
周りからささやかれるのは龍族の行く末のことだけ。寛人自身にはなんの同情もない。
これが力が統べる世界……。華乃子はその様子を空恐ろしく見ていた。
「華乃子さん」
不意に名を呼ばれて振り返れば、光雪と一緒に階上に入って来た男の子だった。
「僕は雪樹。華乃子さんにこの姿で会うのは初めてだよね」
「雪樹くん!?」
「君を伴って社交パーティーに出席できるとは嬉しいね」
寛人は満面の笑みでそう言った。
パーティーとは現世に身を置いているあやかしたちのパーティーで、人間の姿を取れる者たちの集まりだ。華乃子は寛人によって仕立てられた紫色のドレスを身に纏い、エスコートする寛人の手に手を置いていた。
まさか取材していた時にモデルになってもらった上流階級のご婦人たちのように、こんな豪奢なドレスを身に纏うことがあるとは思わなかった。真珠のネックレスもダイヤの髪飾りも、自分の身分からしたら分不相応な気がしてならない。それでも隙なく燕尾服を着こなす寛人の横を歩き(この前婦人靴について取材したばかりだった。その時に試着させてもらったがそれが役に立った)、通りすがりの紳士婦人と挨拶を交わす。
「やあ、九頭宮の。ついに意中の人の心を射抜いたのかい。おめでとう」
「正式な婚儀はまだですが、求婚を受け入れてもらったので嬉しくて連れてきました」
にこにこと上機嫌を隠さない寛人の横で、華乃子は果たしてこれで良かったのだろうかと思案していた。確かに寛人に返事をしてから直ぐに一夜から連絡があり、九頭宮から援助の話があったと言っていた。援助の話は特に継母が喜んでいるらしく、電話口から猫なで声で、「ここは何時まで経っても貴女の家よ。いつでも遊びにいらっしゃい」などと猫なで声で言われ、その変わり身の早さに驚いた。
こうして金の力に媚びる人間も居るのだ。華乃子が寛人の求婚を受けたからと言ってどうということはない。そう言い聞かせて館内のホールを回っているときだった。
また一組が、新たにパーティー会場に現れたようだった。しかし、その一組は男女ではなかった。大人の男の人と、十二、三歳くらいの男の子。……大人の男の人は見覚えがある。雪女の郷で、千雪と話していた、あの男の人だ。
二人は玄関を入ると周りからの挨拶をそこそこに、華乃子たちの方へと歩いてきた。そして寛人が別の人に挨拶をしているところを呼び止めた。
「九頭宮の。我が一族の娘を勝手に連れまわってもらっては困る」
燕尾服姿の男性、光雪は、寛人の肩をぐっと掴んだ。忌々し気に寛人が光雪を見ると、光雪も好戦的な目になる。
「今此処で、力をぶつけるか? 傍系の傍系、龍一族の末席に名を連ねるお前が、雪女の当主の私と?」
ふう、と光雪が息を吹く。それだけで寛人の髪の毛は凍り、寛人自身は身震いをした。
「所詮、水の御霊も操れぬお前には、私の相手は五百年早いのだよ」
冷ややかな目で寛人を見る光雪に寛人が睨み返すが、手を動かそうにも燕尾服に含まれていた水分が凍って、腕を動かす度に氷がぽろぽろと零れ落ちた。本人はとても動きにくそうだ。
「く……っ! 龍族より劣る雪女が……っ!」
寛人はそう叫ぶと、ぐん、と腕を振るい、光雪に襲い掛かった。その時びゅうという風の音と共にこの場にだけ雪が吹き荒れ、寛人は雪と共に吹き飛ばされた。
長身の体がドオンと音を立てて壁にぶつかる。周りではパーティーの参加者たちがざわざわとこの顛末を見届けていた。
「九頭宮のが負けたぞ」
「龍族の力の衰えはここまでなのか」
「いや寛人殿は直系ではない」
「しかし、長はもう子を作らんだろう?」
「立て直しは効くのか」
周りからささやかれるのは龍族の行く末のことだけ。寛人自身にはなんの同情もない。
これが力が統べる世界……。華乃子はその様子を空恐ろしく見ていた。
「華乃子さん」
不意に名を呼ばれて振り返れば、光雪と一緒に階上に入って来た男の子だった。
「僕は雪樹。華乃子さんにこの姿で会うのは初めてだよね」
「雪樹くん!?」