その日、華乃子は鷹村の本宅を訪れた。あらかじめはなゑから一夜に連絡を入れてもらって、継母と弟妹には席を外してもらっている。何年ぶりだろうかと感じるほどに鷹村の家の門は大きく、潜るのに勇気が要った。
それでも暮らしていた頃の記憶があったので、一夜が待つ部屋を訪れることは出来た。一夜は思い出のような鬼の形相をしておらず、襖をあけて部屋に入って来た華乃子をただ、目を細めて見た。

「お父さま、お久しぶりです……」
「ああ」

挨拶をする華乃子に短く答えた父は、幼い華乃子を折檻し、冬の蔵に閉じ込めた鬼ではなかった。
華乃子は一度深呼吸をすると、千雪に会ったことを伝えた。

「……お母さまに、会ってきました。お母さまはお父さまを恨まないで欲しいとおっしゃっておられました。……お父さま、お父さまはお母さまを、どう思っていらっしゃるのですか……?」

雪女の郷で多くの雪女たちは人間を蔑視していた。そんな雪女であった千雪を、一夜はどう思っていたのだろう。また、今でも一夜のことを想っている千雪のことを、どう思っているのだろう。

「……千雪は息災であったか」
「はい……」

そうか、と少しほっとしたような表情で一夜は華乃子の返事を聞いた。
しんとした空間が部屋を満たす。ややあって沈黙を破ったのは、一夜だった。

「私はいまだ、千雪を忘れられない……。雪のように清く美しい女だった。連れ去られた後は自棄になって勧められるままに今の妻と結婚した……。あれは千雪の娘であるお前を嫌っていた。私が千雪を忘れていないことも、多分悟っているのだろう。お前にきつく当たるのを止められなかった。私も、千雪と同じようにお前までもが連れ去られてしまうのを恐れて、あやかしを視ないよう躾けた。蔵に閉じ込めたのも、あやかしに連れ去られたくなかったからだ……。……無駄だったようだが……」

そんな思いが……。
そんな複雑な思いは、幼い華乃子に理解は出来なかった。せめてひと言言ってくれれば……。

「お前に辛く当たった私を恨むなとは言わんよ……。ただ、お前のことは、千雪の分も幸せにしてやりたいという気持ちがある。お前が望むなら、あやかしに嫁がせるのも反対はしない」
「……今、九頭宮寛人さまから、求婚を受けております……」

華乃子が告げると、九頭宮……、と一夜が唸った。

「龍族の、あれか……」
「ご存じですか……?」
「龍族のことなら少し知っている……。千雪の父親がそうだろう。半分血を受け継いでいると、千雪から聞いた。お前の就職のことで話をしに来た時によもやとは思ったが……、そうか……。婚姻の話は、お前が良いと思うなら鷹村として快く送りだそう」

そこまで言うと、一夜は、ふう、とため息を吐いた。

「……送り出す先が幽世でなかったら、まだ会うことも可能だろうが……」

呟きは重く部屋に落ちた……。