「僕は君を手放したくなかったから、別宅の君の許へも通ったし、九頭宮出版にも入社させた。僕の目の届くところに置いて、君を見守って来た。君は九頭宮出版の副社長夫人として君を捨てた鷹村家を見返し、そして僕は君と共に龍族の頂点に上り詰める。君と僕は隣にいるべきなのだよ」
寛人の言葉にショックを受ける。
本が好きだった華乃子の、その意欲を買って九頭宮出版にと誘ってくれたのではなかったのか。華乃子の力を虎視眈々と狙っていたのか。寛人のその行いに、裏切られた気持ちになっても責められることはないだろう。
あやかしの力を欲して寛人が華乃子を求める。そして華乃子が鷹村を見返すために九頭宮を利用しろと言う。
どんな力でも、利用してこそ価値があるのだと寛人は信じている。だから半妖の華乃子の力でも欲しがるのだ。
確かに華乃子が母、千雪に会えたのは、華乃子が半妖であったが故に幼い頃のあの雪の日に雪月に会えたからなのだ。雪月が再び華乃子を探し当ててくれたのも、もしかしたら力が関係しているのかもしれない。そう思うと、力がなければ叶わなかったこともあるだろう。
でも、どんな力があっても、それを利用し、されるだけの関係では、心は寂しい。
心が満たされなければ、人生は輝かない。
華乃子はこれまで自分自身を何度となく否定されてきたけれど、その度に前を向いて歩んできた。そうして過ごしてきた時間には、心が通った人たちが居た。子供の頃から支えてくれたはなゑ、婦人部の佐藤、それに太助や白飛、一つ目傘のあやかしだって華乃子と心を通わせた。そのことがとても幸せだったと思っている。
だから、これからもそうやって生きていきたい。自分は確かに半分あやかしかもしれないけれど、でも、自分が大切にするのは力ではなく、人として生きてきた証の心だ。結ばれるなら、心で結ばれたい。
「寛人さん。私には寛人さんの考えが分かりません……。私は十八年間、人間として育ってきました。人の心は尊いと思います。……たとえその、人の心ゆえに過去に私が辛い思いをして来たとしても、一方で私をあたたかく包んでくれた人たちも居ます。その人たちの気持ちに、私は救われてきました」
華乃子は真っすぐな瞳で寛人を見た。寛人は口許に笑みを浮かべたまま、こう言った。
「では雪月先生のことはどう思う」
「え……」
どきりと胸が鳴った。
「雪月先生もあやかしだと言うことは知っている。彼が君を担当に引き抜き、自分の傍に置いたことと、僕が君と一緒に居たいと思う気持ちとに、差異はあるかな?」
……そうだ、雪月もあやかしだ……。
そして、彼も華乃子があやかしだと知っていた。幼い頃は力が弱かったと言っていたが、もしかしてあの時から既に寛人と同じく華乃子の『力』に惹かれて華乃子を探し続けたのだろうか。『愛してくれている人』に自分を入れてくれ、と言ったのも、力を求める故の方便だったのだろうか。
それに、雪山に残された華乃子を助けに来てくれなかったことも、まだわだかまりとして残っている。
……そう考えると、とても悲しいし寂しいし、……やはり裏切られた気持ちは残る。