翌日は日曜日で会社は休みだった。華乃子は人力車を頼って寛人の家を訪れた。
「やあ、華乃子ちゃんから訪ねてきてくれるとは光栄なことだ」
応接間に通された華乃子に、部屋に入って来た寛人は嬉しそうにそう話し掛けて華乃子の向かいに腰掛けると、さて、と手を組んだ。
「僕の求婚を受けてくれる気になったのかな?」
にっこりと美しい顔で微笑む。その笑顔からは華乃子が結婚を承諾するのか拒否するのか、見分けているように見えた。華乃子はごくりと唾を飲み込み、姿勢を正した。
「……、……お話は、お受けできません……」
テーブルの下の膝の上に置いた手をぎゅっと握って、華乃子は応えた。何故だい? と大げさすぎる動作で寛人が華乃子の拒絶を嘆く。
「私が寛人さんに抱いている気持ちは……、……愛とは違うのです……。いわば、仲のいい兄妹のような感覚で……」
「うん。しかし、燃え滾るような恋情がなくとも結婚は出来るのではないな」「寛人さんが私を妻にと思う理由は何ですか」
昨日寛人は力を持つ者同士なら、強い者が弱い者を囲うのが良いと言った。寛人は華乃子が力を持っていることを知っているのだ。それならば華乃子を欲する理由は……。
寛人が薄い笑みを浮かべる。
「物わかりのいい女性は好きだよ。……つまり、君の力に僕が惹かれているからなんだ」
「……、…………えっ?」
一瞬、訳が分からなくなった。力の強い寛人が半妖で力の弱い華乃子を囲おうとしていたのではなかったのか?
「えっ……? 寛人さんが……、わたし……、に……?」
「そうだ。君の力は偉大だよ。少なくとも我が一族の中で三番目だ」
『我が一族』? 寛人も雪女なのだろうか。
戸惑った華乃子に、寛人はあっさりと答えを教えた。
「君のお母さまは我が龍族の長の娘だ。君は長の直系の孫ということになる。僕は龍族の傍系でね。血の濃さで言うと僕と君では圧倒的に君の方が強い。だから僕は君に惹かれるんだよ」
寛人の口から語られる自分のことを、半ば他人事のように聞いた。寛人は尚も語る。
「長が雪女族の女性との間にもうけたのが君のお母さまの千雪さんだ。長はもう千年生きておられる。人間の時間で言えばまだ余命はあるが、龍族の長としては時間は残り少ない。次の長候補を探すにも、千雪さんを雪女の郷に囚われている状態では、君以外にあり得ないんだ」
ぽかんと。
寛人の話に華乃子は思わず呆けてしまった。雪月が華乃子のことを雪女だと言った時にも、運命は随分強引に来るものだなと思ったのだが、今回もかなり強引だ。