寛人のことは好きだが、それはあくまでも兄的存在としてだ。寛人の言葉に応じられず、華乃子は口を噤むことしか出来なかった。しかし寛人は口許を微笑みの形に保ったまま、顎の下で手を組んでその上に顎を載せた。
『力の強いものになれば、君だっておじさんやおばさんを見返せる。そう思ったことはなかったのかい?』
「……っ!?」
今、頭の中に響くような寛人の声が聞こえた。しかし寛人は微笑んだまま、口の形を変えていない。華乃子は右手で右耳をふさぎ、きょろきょろと店内を見渡した。しかし華乃子に耳打ちをしたような様子の人は何処にも居なかった。
『この声が聞こえるのが不思議かな?』
「……っ!!」
また聞こえた。やはり寛人の声だが、彼は口を動かしていない。どういうことだろうと寛人の顔を窺うような目で見ると、今度は口を開いた彼がこう言った。
「君は自分のことを、『視える、聞こえる』という力を持った、人間よりはるかに優位性の高い生き物だとは思わないかい?」
「……っ!」
今、彼は華乃子のことを『視える』と言った。寛人は華乃子があやかしを視る目を持っていることを知っているのだ。……しかし、何故?
雪月の言葉を思い出す。華乃子のことをあやかしを視ていると言って叱った父を『視える』人間だと言った……。あれと通ずるものが、寛人にもあるのだろうか……? 『話し掛けることが出来る』人間、というのも、居るのだろうか……。
そしてもっと前のことも思い出す。寛人は、自分と父親が、華乃子の母親とは縁深いと言ってはいなかったか……。千雪と縁深い、とはどういうことだろう。千雪が雪女であることを知っていたのだろうか……。
「……、…………」
華乃子は注意深く寛人を観察した。しかし彼は、華乃子の視線にも全く動じず、逆に知られたがっているようにも見えた。
得てして、相手が知られたがっている情報というものは、受け取る側に利するものではない。相手が受け取る側を意のままにしたいときに伝えられる情報だ。
そう判断して華乃子は黙ったまま寛人の正面に居た。ゆっくりと彼がコーヒーを傾ける。
「雪月先生も描いていただろう、人間とあやかしの間の悲劇を。力のあるものが力のないものに寄り添うと、その力は弱者にとって強すぎる力となることがある。雪月先生の描かれるあやかしたちはみな、良かれとして力を使って、人間とあやかしの間に不幸を招いて来た。それでは折角のあやかしの気持ちが浮かばれない。結ばれるなら、つり合いの取れた者同士が結ばれることが一番良いのだよ。……それに力は財産だ。力が全くないものに対しては力を持つ者のそれは脅威となるが、力を持つ者同士であれば、力の強い者が力の弱い者を囲うのが良いんだよ。……言っていることは分かるかな?」
人間である華乃子には、その意味は分からない筈だった。だから、そう演じなければならない。なのに。
(……これで頷いたらどうなるの……。あるいはしらを切ったら……)
華乃子が沈黙を守っていると、寛人はくっと喉で笑った。
「随分一方的すぎたかな? この話は一旦保留にしようか。……とは言っても、僕は僕の誠意をもって君に求婚することを曲げないよ。それだけは覚えておきたまえ」
寛人はそう言って華乃子の前を去って行った。この一瞬に起こったこと全てが飲み込めず、華乃子は呆然とその場に居た……。
『力の強いものになれば、君だっておじさんやおばさんを見返せる。そう思ったことはなかったのかい?』
「……っ!?」
今、頭の中に響くような寛人の声が聞こえた。しかし寛人は微笑んだまま、口の形を変えていない。華乃子は右手で右耳をふさぎ、きょろきょろと店内を見渡した。しかし華乃子に耳打ちをしたような様子の人は何処にも居なかった。
『この声が聞こえるのが不思議かな?』
「……っ!!」
また聞こえた。やはり寛人の声だが、彼は口を動かしていない。どういうことだろうと寛人の顔を窺うような目で見ると、今度は口を開いた彼がこう言った。
「君は自分のことを、『視える、聞こえる』という力を持った、人間よりはるかに優位性の高い生き物だとは思わないかい?」
「……っ!」
今、彼は華乃子のことを『視える』と言った。寛人は華乃子があやかしを視る目を持っていることを知っているのだ。……しかし、何故?
雪月の言葉を思い出す。華乃子のことをあやかしを視ていると言って叱った父を『視える』人間だと言った……。あれと通ずるものが、寛人にもあるのだろうか……? 『話し掛けることが出来る』人間、というのも、居るのだろうか……。
そしてもっと前のことも思い出す。寛人は、自分と父親が、華乃子の母親とは縁深いと言ってはいなかったか……。千雪と縁深い、とはどういうことだろう。千雪が雪女であることを知っていたのだろうか……。
「……、…………」
華乃子は注意深く寛人を観察した。しかし彼は、華乃子の視線にも全く動じず、逆に知られたがっているようにも見えた。
得てして、相手が知られたがっている情報というものは、受け取る側に利するものではない。相手が受け取る側を意のままにしたいときに伝えられる情報だ。
そう判断して華乃子は黙ったまま寛人の正面に居た。ゆっくりと彼がコーヒーを傾ける。
「雪月先生も描いていただろう、人間とあやかしの間の悲劇を。力のあるものが力のないものに寄り添うと、その力は弱者にとって強すぎる力となることがある。雪月先生の描かれるあやかしたちはみな、良かれとして力を使って、人間とあやかしの間に不幸を招いて来た。それでは折角のあやかしの気持ちが浮かばれない。結ばれるなら、つり合いの取れた者同士が結ばれることが一番良いのだよ。……それに力は財産だ。力が全くないものに対しては力を持つ者のそれは脅威となるが、力を持つ者同士であれば、力の強い者が力の弱い者を囲うのが良いんだよ。……言っていることは分かるかな?」
人間である華乃子には、その意味は分からない筈だった。だから、そう演じなければならない。なのに。
(……これで頷いたらどうなるの……。あるいはしらを切ったら……)
華乃子が沈黙を守っていると、寛人はくっと喉で笑った。
「随分一方的すぎたかな? この話は一旦保留にしようか。……とは言っても、僕は僕の誠意をもって君に求婚することを曲げないよ。それだけは覚えておきたまえ」
寛人はそう言って華乃子の前を去って行った。この一瞬に起こったこと全てが飲み込めず、華乃子は呆然とその場に居た……。