かくして華乃子は晴れて九頭宮出版の社員となった。初めてする仕事はどんなことでも新鮮でどきどきと興奮してわくわくと胸が高揚した。
華乃子は相変わらず視えてしまうあやかしに悩まされていたが、幸い辛かった過去を経験に、職場ではあらぬものに話し掛けたりすることには気を付けていた所為で、華乃子があやかしを視ることが出来るという噂は流れず、それだけで新しい環境は快適で幸せだった。

今日も袴にブーツ姿で会社へ赴く。手に持つのは、はなゑから母の形見だと言って渡されたレース地の日傘だった。母は暑さに弱く、そんな母を気遣って父が母に贈ったこの日傘を、母は春先から秋までずっとさしていたという。華乃子も母に似て暑さが苦手だから、母の形見を大切に扱いながら仕事に励んでいた。

華乃子が配属になったのは婦人誌のファッション雑誌の企画部で、それはきっと寛人から話を聞いた寛人の父親である九頭宮社長が気を利かせてくれたのだろうと思った。事実華乃子は、配属になって直ぐにファッションの世界にどっぷり嵌り、先輩に付いて、ファッションの生まれる場所は何処か、だとか、今のファッションリーダーが誰か、だとか、読者はどういう企画を求めているか、だとか、兎に角あらゆることを吸収していった。
維新後、日本のファッションが西洋化したと言っても、それは上流階級の人々に限られていた。華乃子の身近なところで言えば、父や継母は洋服を着て出かけることもあったが、華乃子のように見捨てられた子や、市井に溢れる一般庶民に洋服は程遠いものだった。それでも、女給がエプロンを付けたり、書生が着物にシャツを合わせたり、流行に聡い女性が着物に帽子を被ったりと、一般社会にも西洋の風は通っていた。

華乃子は先輩から受け継いだファッション誌の企画を次々と立てていった。勿論、新人の華乃子の案が直ぐに通るような生易しい世界ではなかったが、会議で取り上げられる案はどれも華乃子の納得のいく企画案で、華乃子はそうした議論の中で己の中の『読者が求めるファッション像とは何か』という目を磨いていった。そして一年が過ぎるころには、華乃子は部内で堂々と企画を述べられるだけの知識を得ていた。

「鷹村さん。先月号の君の特集、非常に大きな反響が来ているよ。ここ最近の君の特集は当たりが良い。やはり時代はモダンボーイ、モダンガールだ!」

編集長の浅井が鼻息荒く、華乃子に言った。
華乃子は今、特に今時のモダンガールを取り上げている。華乃子のように、女性が働きに出ることが当たり前となって来た世の中で、彼女たちをファッションの面から励ましたいという気持ちからだ。華乃子も日々身に着ける着物で気持ちが変わる。継母に別邸に押しやられて以来鬱々としていた気持ちが、働く事、それに伴い着る物に気を配るようになったことが自分の自信になっていったように、同じように働く職業婦人(モダンガール)たちの心を後押ししたいと思っているからだ。

きっと職業婦人が当たり前の世の中が来る。そう信じて華乃子は、雑誌の読者がいつか職業婦人になった時のことを胸に描けるように、モダンガールの特集を重ねていた。
時代の最先端を行く企画は楽しくてやりがいがあった。

「編集長。私も働く女性として、同じ女性をファッションから勇気づけたいと思っております。時代は拓けています。新しいものを読者に届けなければなりません」

華乃子が高揚した気分で言うと、浅井は

「いや鷹村さん。君の志の高さは素晴らしい」

と褒めてくれた。