「かーしゃ!」

子供に連れられて、屋敷からかなり離れたところまで来てしまった。丘の向こうに屋敷の屋根は見えるけれど、雪が吹雪く中、子供の足で此処まで来ることが出来るのがすごい。

「かーしゃ!」

子供が何度もそう呼んで、指をさすので、吹雪の中子供が指し示す方を見る。するとそこには雪雲の隙間から現世の書店の様子が映し出されていた。
書店の店頭にはまだあのヒットが続いているのか、雪月の本が並べられている。

「……こんなところから、現世を見ることが出来るのね……」

そして、こういうところから見た現世に映った父に、母は好意を抱いたのだろう。……雪女の郷にはない、建築物や洋装、文化など、そういってものの、現世への憧れとともに……。

「成程……。こうやって手が届きそうで届かない絵で見るから、余計にじれったいわね……」

華乃子の袴の裾を握る子供も、目をきらきらさせて浮かび上がる現世の絵に見入っている。子供に目線を合わせるために雪の中でしゃがみこんで、華乃子は子供に語り掛けた。

「……あなたもまた行きたいの? 現世に……」

幸せに、なれないよ?
そういう思いで話し掛けると、子供がにこお、と笑って、華乃子にしがみついてきた。

「かーしゃ!」
「ふふ……、なんだかあなたにお母さんって呼ばれるのも、悪くないわね……」

無条件で華乃子を慕ってくれる、数少ない存在だ。心があたたまってしまうのを、止められない。ぽんぽんと子供の頭を撫でてやっていると、不意に目の前に見えていた現世がぼんやりとしてかき消えてしまった。

「ふえええん」

子供は現世が視えなくなってしまったことで泣いてしまう。雪もひどくなってきて、そろそろ屋敷に帰りたくなって来た。

「そろそろ屋敷に戻ろうか」

子供にそう話し掛けて手を握ると、吹雪の空中から沙雪が白い着物の雪女三人とともに現れた。

「雪樹(せつき)様! お探ししました! まだ雪は操れますまい、我らがお連れします」

そう言って沙雪が雪樹を抱き上げてしまう。雪樹は嫌がって泣くが、沙雪は雪樹を放さない。

「沙雪さん、泣いているじゃないですか! 私が抱きますから、私も一緒に連れて帰ってくださいよ!」

華乃子は沙雪にそう頼むが、沙雪はちらと華乃子を見ただけで何も言わなかった。

「何を言う、人間の分際で。此処で凍え死なないだけでもありがたいと思え。雪月さまと番うことを望むなら、これしきの雪、自分で歩いて見せろ」

雪女たちはそう言って沙雪とともに雪樹を伴って飛んで行ってしまった。華乃子はぽつんと雪の丘に取り残される。すると、今まで吹雪いていても何ともなかった雪が、急に肌に刺さるように冷たく感じられた。