「……華乃子さん。沙雪は確かに郷が決めた婚約者です。……でも僕は、子供の頃に僕に親切にしてくれたあの少女に会いたくて、現世に来たんです。……同じ出版社に居ると分かって、有頂天でした……。職業婦人の未来を描こうとしていた華乃子さんの夢を邪魔してまで、傍に居て欲しかった……。もし、華乃子さんがお嫌じゃなかったら、……僕の郷に来て欲しいです……」

何時もは何処か自信なさげなのに、今日の雪月はしっかりと華乃子を見据えて、熱い眼差しで華乃子のことを欲してくる。
夢だったとか、勘違いだったとか考えていた雪月の本音に、華乃子の心臓が走り出す。
ああ、欲しかった言葉はこれだった……。
このひと言が欲しかったのだ……。

「……で、でも……、同族同士じゃないと、いけないって、……沙雪さんが……」

この前、そう言われた。華乃子では役不足だと、沙雪が言っていた。でも雪月が穏やかに微笑んで首を振る。

「僕は、十年以上前から、番うなら貴女だと決めていたのです。弱かった僕に、やさしさをくれた、貴女が良いのです」

親に忌み嫌われた理由そのことで華乃子を選んでくれるという。人間とあやかしのどっちつかずの自分でも良いと、言ってくれる。子供の頃から殻に覆われ、職業婦人として生きることで鎧を被り、沙雪に会って以来ずっと不安だった心が溶かされていく。溶けて結晶になったほころびは、ぽろりと涙になって頬に零れ落ちた。

「ああ、泣かないでください。貴女に泣かれると、どうしたら良いか分からなくなります……」
「ち……っ、違うんです……っ。は、……初めて、私は私のままで良いんだって、……思えて……」

ずっとお前は『違う』んだ、と言われて続けてきた。お前は私たちとは『違うんだ』と境界線を引かれてきた。自分のすべてを……半妖だということすら受け入れて、受け止めてくれる。そんな人が、現れるなんて思っていなかった。
ぽろぽろと涙を零す華乃子のことを、雪月はやさしく抱き締めてくれた。強引じゃないその腕が、華乃子の傷付き続けてきた心にとても心地よかった……。