そうして、秋深くなった頃。雪月の新作は、今までの悲恋物語から打って変わって、あやかしとモダンガールの恋物語となった。主人公の女性が精力的に仕事に打ち込む姿を、その娘に恋したあやかしが陰になって支える。華々しい女性の活躍を鮮やかな文章で書き綴ったその作品の最後には、幼い頃から主人公を見守って来た心やさしいあやかしとの初々しい恋物語がつづられていた。
この異色ともいえる作品が、大ヒットした。それまで雪月の作品を読んだことのないモダンガールたちがこぞって雪月の新作を読み、心根やさしいあやかしに、私も会ってみたい、などと言うようになった。

「『降りしきる雪を全て玻璃(はり)に変えて君に贈るよ』、言われてみたいわね~!」
「浪漫溢れているわ~」

雪月の長屋へ向かっているときに、雪月の新作の話をしている女学生と通りすがった。どうやら読者のすそ野は思いの外広いらしい。華乃子は、ふふ、と口元に微笑みを浮かべて高くなった空を見上げた。
葉の落ちた銀杏の木の枝が夕陽に照らし出されて、足元に伸びる影が長い。夏のあの日に雪月が言ってくれた言葉が擦(かす)れた思い出になってしまうほどには、忙しい時間が過ぎていた。

華乃子をモデルにした小説を書き終えてからの雪月は、以前と変わらず本に囲まれて人間とあやかしの話を書いている。路線変更をしたのかと思ったら、モダンガールを題材にしたのはあの一作だけで、次の作品はまた元の悲恋物語のつもりだという。
……勿体ない。折角新しい読者を掴んだのに。
そう思う一方で、あの時の言葉を思い出して、結ばれた恋物語の理由は自分だけが知って居れば良いんだわ、と思う浅ましい己も知っていた。

あれ以来、雪月から何かを言われたことはない。むしろ以前通り過ぎて、あの言葉が効き間違いじゃなかったかと思うくらいに普通だ。

(でも……、確かに私を幸せにしたいとおっしゃってくださったのよ……。物語の中だけでも、それは私には過ぎた幸せじゃない?)

心の中の自分に語り掛ける。気付いてしまった恋心は、消え去るどころか、雪月に会うたびにその色を濃くして赤く熟れていく。やがてぼとりと実が落ちてしまうまで、枯れ枝に引っかかっていなければならない自分の恋を、華乃子は哀れに思った。