今日も今日とて本屋で婦人雑誌や新聞などを購入し、雪月の家に届けるつもりだった。本屋から一度会社に戻り、雪月がこの春に書いていた小説の表紙案四つと、自分の荷物の鞄を持った。今、雪月は、あの話の草稿を手掛けており、早速先日の店の様子が役に立っていると言って喜んでいた。

(想いが届かなくても良いのよ……。もともと私は誰からも必要とされない人間なんだもの。雪月先生のお手伝いが出来れば、それだけで……)

雪月に会えるというだけで心が少し浮かれてしまう。文芸部の部屋を出て階段を降り、廊下を玄関へと歩いていると寛人にばったりと会った。寛人はスーツをピシッと着こなし、ススキにノビタキが大胆に描かれたネクタイをしている。ハイカラな人は小物程合わせるものが違うなあと感心した。そう思うとこの前の雪月のスーツ姿はやはり着慣れていない様子だった。

「やあ、華乃子ちゃん。文芸部での仕事はどう? 婦人部とはかなり勝手が違うでしょ」
「そうですね。でもやりがいがあります」

華乃子がそう返事をすると、寛人は意外そうに華乃子を見た。

「君には文芸部のような冴えない部署よりも、華々しい婦人部の方が合ってると思うんだけどな」

九頭宮出版は雑誌よりも書籍の方が売り上げが多い。書籍売り上げは業界でも三位に入り、文芸部に寄稿してくれる作家数も多い。その会社の跡取り息子が、よりによってその文芸部を『冴えない』と表現するのはどうだろうか。

「副社長……。私は」
「いいよ、何も言わなくても。僕は分かっている。約束は必ず果たそう。期待しているが良いよ」

ピシッと着こなした洋装で、手を上げて笑いながら去って行く。そう言えば寛人にはいずれ婦人部に戻してやると言われていたんだった。
でも移動を言い渡されたときと今とでは、華乃子の気持ちが変わってきてしまっている。雪月に淡い想いを抱き、出来れば担当編集としてずっと共に仕事をして居たい。それは叶わなくなるのだろうか。実らぬ恋なら雪月の許を去るのも良いが、実らぬからと言ってささやかな幸福を感じられるあの時間を取り上げないで欲しいと、切に願う。
ああ、こんなところでも、自分はやはり要らない人間だと知らされなければいけないのだろうか。
恋とは華乃子にとって、儚い雪のように溶けてなくなるものだった。
華乃子は肩を落として会社を出た……。