「やはりダイヤモンドは一番人気があり、こちらの品のように菊形は石を美しく見せますのでお勧め致しております」

石を高く持ち上げる菊形の指輪は正面から見るとかわいい花型の白金の上にきらきらと美しいカットが施されたダイヤモンドが留めてあり、実に女性の心をくすぐる指輪だった。うっとり見とれる華乃子に、店員はもう一つのトレイを差し出した。

「そしてこちらは捻梅の形が愛らしいお品です。お嬢さまがおかわいらしい形をお求めでしたら、こちらなどもよろしいかと存じます」

捻梅形の指輪は開いた花弁が愛らしい梅の形の台座の上にちょこんとダイヤモンドが留められている指輪だった。これはこれで嵌めたら指が華やぐだろう。

「石もダイヤモンド以外でしたら、ルビーも人気がございますが、当店では真珠をお勧めでしております。慎ましく輝く真珠の指輪はお嬢さまに清廉な印象を与えますし、特に此方のお品などは流行りのアールヌーヴォーの意匠が施された形が人気でございます」

三つ目のトレイには美しい曲線を描いた白金の真ん中に据えられた真珠の白い輝きが美しい指輪だった。西洋から入ったこのデザインは目新しいものが好きな上流階級の婦人たちも身に着けていたのを、婦人部で取材していた時に知ったのを覚えている。

三つの指輪を紹介しきってしまうと、店員は華乃子に向けてにっこりと微笑んだ。どれかお気に召したものはありましたか? という笑みだ。華乃子は目の前に並べられたトレイの上の指輪を見つめた。どれも素敵だが、特に捻梅形のデザインがかわいらしくて目を引いた。しかしここで「これ」と言ってしまうと雪月が買わなければならない羽目になる。どう対応したものかと考えていると、雪月が店員に応じた。

「どれも素敵ですね」
「ありがとうございます」

店員は、おそらく出資者だと思っている雪月に満面の笑みを浮かべた。

「しかし、一生の思い出となるものなので、彼女の意向を聞いてじっくり選びたいと思います。こちらの品が紹介されている冊子などはありませんか?」

成程、上手い手だ。これでカタログなどが手に入れば、長屋に戻ってからも執筆の参考になる。

「ええ! 勿論でございます。結婚指輪をお求めの皆さまは、まず即断されることはございません。お二人の愛の証でございますから。当店ではそう言うお客様のお気持ちを十分理解しております。今、カタログをお持ちいたしますので、お待ちくださいませ」

素晴らしい話運びだった。店内の様子や店員の様子を観察でき、店員から品の説明を聞き出せ、あまつさえ資料までもらえてしまうとは。この間、華乃子がしたことと言えば、ぼんやりと雪月の隣に居たことだけ。果たして雪月の役に立ったのだろうか。
にこにこと上機嫌の店員がカタログを取りに行った姿を、まるで遠景を見るような気持ちで眺めていた。