少し気が抜けてしまう。ぼうっと雪月を見つめてしまったその華乃子の視線の先で、雪月が他の店員に怪しまれない程度に、その所作と店の備品や内装などを観察しているのが分かった。
(先生はただ、あの話のあらすじを知っている私に、その役割を振っただけなのよ……)
そう自分に言い聞かせて落ち着こうとしても、こんな店の中で落ち着けるわけがなかった。目の前には女性が憧れる宝飾品がずらりと並び、奥に行ってしまった店員とは別の店員が、お試しになってみられますか? なんて華乃子に対して笑顔を振りまいている。
「いえ……っ、あの……」
あれもこれもそれも頂戴、と言っていた継母の言葉は思い出せるが、どう断ったらいいのかなんて、緊張で思いつかない。すると助け舟を出すように雪月がにこりとその店員に言葉をかけた。
「ありがとうございます。でも彼女がこれ以上美しくなってしまうと、僕が心配でならないので、飾るのは指だけにさせてください」
華乃子を庇ってくれたのは、何時もの雪月じゃなかった。スーツを着て華乃子を庇ってくれた雪月は、会社に来た時とは違って、驚くほど堂々としている。
いつもと違うのは『恋人の振り』をしてくれているから?
今まで気づきたくなかった、何時か誰かの手を取る雪月を、今、まざまざと見せつけられている。彼は、唯一だと思った人に、こういうことを言う人なのだ。華乃子を相手に言ったことのない、そう言う言葉を。
……すごく大事にするんだろうな、その人のことを。
そう思うだけで胸が痛い。涙が出そうだ。
「大変お待たせいたしました。当店で一番お勧めの結婚指輪は此方になっております」
丁度その時、奥へ行ってしまっていた店員が戻ってきてくれなかったら、華乃子はもしかしたらその場で涙を零していたかもしれない。場の空気が変わったことで泣きそうな感情が少し収まり、涙は引っ込んだ。そして雪月が出された品を見つめている隣で、華乃子も触り心地の良さそうなビロードのトレイの上に載せられた指輪を見つめた。