華乃子は雪月に連れられて訪れた店の前で口をあんぐりと大きく開けた。其処は東京でも有名な宝飾品店だったのである。

「せ……っ、先生……、こんなお店に何の御用ですか……?」

こういう店の店主が継母に美しい品を見せては継母が気に入って買っていたのを思い出す。じわっと染み出す、嫌な思い出。華乃子がぐっと奥歯を噛みしめると、その思いから庇うように雪月が華乃子の手に触れた。

「……っ!」

不意のことで顔が赤くなる。華乃子は隠しきれない頬の熱さをごまかそうと俯いた。良いですね、と雪月が微笑む。

「え……っ?」

折角誤魔化そうと俯いたのに、思いもかけない雪月の言葉につい、顔を上げてしまう。しかし雪月は華乃子に向けて、いつも通り穏やかに微笑んでいた。

「これからこんなお店に入ろうとする、漸く結婚の決まった恋人同士()よう(・・)()、実に良いです」
「は……? は……っ!?」

け、結婚!? 恋人!?
急に降りかかって来た恋しい人からの言葉。動揺しない方がおかしいだろう。しかし雪月は穏やかな微笑みを浮かべたまま言葉を続けた。

「そう……。これから僕と華乃子さんは結婚の決まった恋人として、この店で結婚指輪(エンゲージリング)を選びます。これは今新しく書いている、華乃子さんをモデルにしたお話の一節で使いたい一場面でして……」

ぽかーん、と。
すらすらと話を進める雪月の意図を漸く知った時、華乃子はやっと何とか間抜けな顔を改めることが出来た。そして今度こそ、顔がばあっと真っ赤になる。

「あ……っ! 振り!! 真似!! お話の!! 資料として!!」
「かっ、華乃子さん!!」

往来で突然叫んだ華乃子は行き交う通行人から注目された。隣ではそんな華乃子を雪月が庇って慌てている。そこで華乃子は漸く自分の失態を知るのである。

「あ……っ、す、すみません……」

恥ずかしさに身を縮めるとは、まさにこのことだな、と華乃子は消え入りたいくらいの気持ちだったのに、雪月はそんな華乃子の手を取った。

「え……っ? ええ……っ!?」
「行きますよ、華乃子さん。今からこのお店を出るまで、僕たちは恋人です」

いつもの穏やかで、日常生活ではどちらかというと遠慮するばかりだった雪月は何処へ行ったのだろう。今の雪月はもう既に、『恋人を連れている』男の人だった……。