「え……」
すぽっと抜けた腕は、今度は華乃子に背中を見せている人に庇われていた。華乃子を金髪の男性から庇ったのは、雪月だった。華乃子の窮地にすっと現れた雪月は、背中に華乃子を庇ったまま男にきっぱりとした声でこう言った。
「I'm sorry, she is my dear woman. Please pick up」
すると、金髪の男は肩を竦めてなにかひとこと言うと、もと居た雑踏の中に溶け込んでいった。
……い、一体、何のやり取りがあったのだろう。
ぽかんと雪月と金髪の男のやり取りを見ていた華乃子は、雪月が振り向いて、大丈夫でしたか? と問うてくれて、初めて我に返ることが出来た。
「あ……っ、すみません、先生! おかげで助かりました。私、英語はからっきし駄目で……」
「いえ。こんなに人の多い所で僕が華乃子さんから離れたのがいけませんでした。怖い思いをさせてしまって、申し訳ありません」
ぺこりと頭を下げて謝る雪月に、止めてください、先生は私の恩人です、と華乃子は返す。
「それにしてもあの方、すんなり帰って行かれましたね。先生、あの方に何と仰ったのですか?」
華乃子が疑問顔で尋ねると、雪月はいたずらを見つかったみたいな顔をして、
「内緒ですよ」
と片目を閉じて見せた。
華乃子はどうしても解けないなぞかけを掛けられた気分になった。
「それにしても、広場の割に人が多いですね。はぐれるといけませんから、手を繋いでいましょう」
雪月はそう言って、躊躇いもなく華乃子の手を握った。
さっき金髪の男に腕を握られたときは恐怖を感じたが、雪月に握られた手はじわじわと雪月のあたたかさを伝えてきて、顔に熱が上りそうだった。いや、絶対顔が赤くなっているに違いない。夜で良かった、と華乃子は思った。
そう思っているうちに、最初の花火が揚がった。赤色の見事な大玉で、散りゆくさまが美しい。つい去年までは、花火を見れば花が開いたときの輝きが美しいと思った筈なのに、今そんな風に思ってしまうのは、雪月が繋いでいてくれる手も、華乃子を求めて差し出されたからではないと知っているからだ。
思えば自分は求めるものを与えられたことが一度もない。親兄弟からの愛情、学校での友人、職場での活躍。どれをとっても華乃子では駄目だと言われる。これで雪月の担当まで降ろされたら、自分はきっと職業婦人として頑張っていく気力がなくなってしまいそうだ。せめてそんなことにはならないよう、この仕事だけは頑張ろう。恋情が叶わなくても、雪月の仕事の支えにはなれる。それだけはせめて取り上げないで欲しい、と華乃子は花火に祈った。