「ところで先生、なにか御用だったのですよね?」

白飛が呼びに来たことを思いだす。雪月は、そうそう、と言って、ちょっと聞きたいことがあったんです、と微笑まれた。

「何でしょう。お役に立てると良いのですが……」
「僕に、華乃子さんが理想とするモダンガールと言うものを、教えて欲しいのです」

華乃子が、まあ、と目を見開くと、雪月は少し照れたようにこう言った。

「華乃子さんのように、西洋の文化を積極的に取り入れてらっしゃる職業婦人でありながらあやかしを視たことのある人も居るのだと分かったので、以前華乃子さんがおっしゃっていた、モダンガールを題材にしてみようかと思いついたんです。全く書いたことのないキャラクターなので、僕が生かし切れるかどうか、分からないのですが……」

雪月の言葉に、華乃子は是非書いてみてください、と応じた。

「モダンガールとあやかしの恋物語ですか? 新しいジャンルを切り拓かれるんですね、素晴らしいです!」

ぱちぱちと拍手をすると、雪月は恐縮したように頭を掻いた。

「そんな、大袈裟なことではないですよ……。お約束したでしょう。もし、華乃子さんがあやかしに係わったことで辛い思いをされてきていたのだったら、物語の中でだけでも、幸せにして差し上げたいと……」
「え……」

本当に華乃子を題材に幸せな物語を書いてくれるつもりなんだ。華乃子は嬉しさのあまり、雪月を見つめた。雪月は恥ずかしそうに、でも華乃子の瞳を見つめてくる。雪月の視線に込められた気持ちは何だろう。
どきどきしながら、せんせい、と言葉の真意を確かめようとした時に、無粋なノックの音がした。

「鷹村さま、お夕食の支度が整いました」

梅が呼びに来たのである。一瞬の密度の濃い甘い空気は霧散し、ただ、恐縮したような苦笑いの雪月が其処に立っていた。

「お、お食事だそうです。……行きましょうか……」

部屋を出て行く雪月に続くしかなかった。……さっきの言葉をもう一度聞きたい。でも、雪月の背中を見て、それは叶わないのだとなんとなく分かった。