暫く部屋の中で荷物を片付けたりした後、外の空気を吸いがてら庭に出ると、涼しい風が木立の間をすり抜けて華乃子の頬を撫でた。東京の喧騒から逃れ、鷹村の力も届かない此処でのびのびと出来ることは良いことだ。管理人が手入れしてくれていた庭の花々を見ていると、ふと敷地入り口から此方を窺っている男の子の姿を見つけた。

「どうしたの? 何かご用?」

首を傾いで問うと、子供も首を傾げる。まだ他人の言葉が理解できないのかもしれない。親は何処に行ったんだろう。

「お母さんは、何処かな?」

入り口まで歩み寄って、膝に手を置き中腰で問う。すると子供は、華乃子の足にしがみつき、かーしゃ、と言った。

「えっ、えええ? 私、あなたのお母さんじゃないわよ!?」

焦って言う華乃子に、子供は、かーしゃ、かーしゃ、と嬉しそうにしがみつく力を強くした。ますます困って、さっき顔を合わせた下女を呼ぶ。

「梅さん、うめさんー! この子をどうにかして頂けない!?」

呼ばれた下女が何事かと慌てて屋敷から出てくる。そして、玄関を出たところで、訝しげな顔をしてぴたりと足を止めた。

「……鷹村さま、『この子』とは、いったい……?」
「何言ってますの? この子よ。足にしがみついて離れないの」
「足……、でございますか……?」

梅は眉間の皴を深くして、疑問を露わに華乃子を見る。……もしかして……。

「うめ……さん……。見えてない……?」
「なにが、……で、ございますか……?」

これは、完全に見えてない。『この子』はあやかしだったのだ。

(失敗した!)

華乃子はそう思ったが、もう遅い。梅にはごまかすように笑って見せた。

「あ……、あらやだ。草がつま先に絡みついて、動かなかっただけみたい。叫んだりして、ごめんなさいね、梅さん」

そう言って笑ってみたものの、梅の顔つきは常人の中に交じりこんだ奇人を見る眼付きのようだった。屋敷に戻っていく梅の後姿を見つめながら、華乃子は足に子供をしがみつかせたままため息を吐く。……兎に角、この子をどうにかしなければならない。親を探しているのなら、尚更の事。親に見放されることほど、子供にとって辛いことはないのだと、華乃子は自身の経験で知っていた。