意を決して切り出した華乃子の言葉を、雪月は驚きもせずにむしろ仏様のような穏やかな微笑みを浮かべて静かに聞いた。今までそんな反応をしてくれた人は居なかった為、それがきっかけになって、華乃子の口からは過去の出来事が次から次へと溢れ出した。

「あやかしが他の人には視えないって知らなかった頃、あやかしと関わって、変人扱いされたんです。その所為で友達は居なくなったし、親弟妹からも見放されて過ごしました」

家族なのに家族として扱われず、独り寂しく暮らした日々。母のあたたかさも父のやさしさも弟妹と触れ合う楽しさも、華乃子には与えられなかった。周囲の子供が家族の話をするのを寂しい思いで聞いていた。乳母のはなゑはやさしかったけど、それでも両親の代わりにはならなかった。

「……雪が降った子供の頃に、おなかをすかせた子供に会ったんです。その頃私はまだあやかしと人間の区別がついていなかくて、おなかをすかせたその子におにぎりを持って行ったら、その子は人間の子ではなかった、お前は雪だるまの姿をしたあやかしに握り飯を与えていたんだ、と父からひどく怒られました。鷹村の家の名に泥を塗るつもりかとひどく怒鳴られて、金輪際あやかしに係わらないと誓うまでと言ってお仕置きとして蔵に閉じ込められたんです。……雪だるまに話し掛けておにぎりを渡していた子供の頃の私は、きっと近所の人の目に奇異に映ったでしょう。人々から後ろ指をさされるのを、親は恐れて、それを隠すために私は独り別宅に住まわせられました。だから、あやかしは嫌いです。今もどんな形に化けて人間の中に紛れ込んでいるか知れない。あやかしなんて視えない方が良い。私は本当の人間だけを信じます」

雪月は華乃子の話を最後まで黙って聞いてくれた。そして、そうですか、そんなことがあったんですね、と言うと、華乃子の頭をぽんぽんと撫でた。

「……っ!?」
「華乃子さんは、心根がやさしいからあやかしの方も姿を現したのでしょう。そのあやかしは貴女にありがとうとは言いませんでしたか? あやかしの話は、文明開化以来人々から忘れ去られていっている。日本が西洋化して、日本人らしさを忘れてしまった人たちに、日本人が語り継いできたあやかしのことをもう一度思い出してほしくて、僕はあやかしの物語を書いています。目まぐるしく変わる日常ばかりでなくても良い。そう伝えたい。その象徴があやかしなのです」

普段気の弱そうな笑みを浮かべている雪月が、力のこもった目で語る。
……不思議だ。雪月から語られるあやかしは、心根やさしく穏やかに日本人を見守っているように聞こえる。……あの時、祠の隣に佇んでいた子もぼろぼろの着物を着ながらおにぎりに目を輝かせていた。米の一粒に神様が宿るんだと言って、最後の一粒まで食べつくしていた。洋食がもてはやされるようになり、大人になってからおにぎりなんて食べたことなかった。

「新しく入ってきている西洋の文化も良いとは思うんですよ。ただ、僕は馴染めなくて、それも影響しているのかもしれません」

情けない話ですけどね、と雪月は恥じるように微笑んだ。
華乃子は己の生活を振り返った。華乃子の些細な行動に恩を感じ、華乃子の身近に居てくれる太助や白飛も、独りで寂しい屋敷の中では慰めになってくれていたのだろうか。華乃子が寂しくないように、あれこれいたずらを繰り返してきたのだろうか。

「……先生、私……」
「ああ、すみません。決して無理に華乃子さんのお考えを変える必要もないのですよ。ただ、僕はそう言う気持ちで物語を書いている。僕の担当者として、知っていておいて頂きたかったのです」

はい、と頷く横で太助と白飛がにやにやと華乃子を見ている。雪月には頷いたが、彼らがいたずらを繰り返す限り、あやかしに好意的にはなれないだろうなあ、と華乃子は思った。