その後、雪月のお宅で先生の作品を三冊ほど借りての帰り道。華乃子に話し掛けるものが居た。

『それで華乃子は嫁入り前だというのに男の家に上がり込むのか』
「煩いわね。仕事なんだから仕方ないでしょ。それに見たところ雪月先生はそんな悪い人ではないわ」
『いやいや、人間の男は信用ならない。俺の白い体に泥を塗ったのも、人間の男だった』

そういって男を一からげにして嫌うのは、華乃子の目の前を行ったり来たりする、一反木綿。足元には猫又が寄りついてきて、あいつは止めとけよ、とこちらも忠告を口にする。

『あいつと関わったって良いことないぞ。俺の方が、よっぽど華乃子のことを幸せにしてやる』
「おあいにく様だけど、私、あやかしとどうにかなろうなんて、思ってないから」

……そう、こいつらあやかしたちが新しい仕事に対して口うるさい。小学校時代の文との一件を思い出す。昔から普通の人間が見ることのできない、あやかしの類を視ることが出来た所為で、彼らと喋っているところを文たち級友や保護者たちに目撃され、あちこちで変な子供扱いされて友達がいなくなったのは今でも悲しく辛い思い出だ。
だから今の会話もぼそぼそとまるで独り言のように話す。時々咳ばらいを交えながら、話を繰り広げる。

「しかし、女性の社会進出をファッションで後押ししたいという私の夢は断たれたわ……。おまけに状況に負けたとはいえ、まかないの仕事までついてきちゃった……」

はあ、と今回の異動に肩を落とす以外に出来ない。華乃子は、鷹村でもこのあやかしを巡って奇人扱いされて別宅に移されただけあって、自立心が強い。同じように社会で頑張っている女性の為になることをしたかったのに、未来は上手く動かないものだ。
はあ、と肩で大きくため息を吐く。兎に角今日は借りてきた雪月の本を読もう。まずはそれからだ、と思った。