まずは、僕の本を読んでみますか。
そう誘われて雪月先生のお宅へ伺った。古くて小さな長屋の家で、風通しが良いと言えば聞こえはいいが、冬は寒かろう。
「て、照れますね、女性を家にお招きするのは……」
そういって雪月先生は、ははは、と本当に恥ずかしそうに笑っている。部屋に上がると、書きかけの原稿用紙や資料と思われる書物が散らばっていた。
「先生、顔色があまり良くなくお見受けしますが、お食事、どうされていますか?」
華乃子が問うと、雪月先生は、食事、ですか……、と返事を躊躇った。
「まさか、召し上がってらっしゃらないわけ、ないですよね?」
「ああ、そういうことは、ないのですが、……何と申しましょうか、あまりお腹が減らないので……」
食欲がないからと言って、食事を抜いては駄目だ。雪月先生の不健康そうな顔や身体は、やはり食生活が不十分だったからだった。
「先生。ご執筆に精力的なのは良いことですが、体あってのご執筆です。夕食だけでも、きちんとしたものを食べてください」
華乃子の言葉に雪月先生は、困ったように、そうですねえ……、と煮え切らない様子だ。もしかしてお金のことを心配しているのだろうか。
「あの、もしご迷惑でなければ、私がお作りしましょうか?」
「えっ、そんな……、そこまでしていただくわけには……」
それでも、家事に慣れない男の人が下女もなく、毎日食事を作るのは大変だ。華乃子は子爵の長女でありながら、父や継母からの蔑視の結果、居を別宅に移されてはなゑと一緒に家事をしていたので、はなゑに教えを乞うたこともあり家事全般一通りできる。
「私もまだ先生の担当になったばかりで、何がお役に立てるか分かってませんので、出来ることからやらせて頂きます」
畳に手をついて頭を下げながら、華乃子は、そう、雪月先生に宣言した。雪月先生は困ったように笑っていた。