そんな風に思っていた時だった。朝出勤して席に着いた華乃子を、浅井が呼んだ。
「あー、鷹村くん。君には移動をしてもらう」
実家の力が浅井の忖度を呼んだのだとしたら、確かに華乃子は婦人部にとって要らない存在だろう。それにしたって、ついこの前までは成績を出して、売り上げにだって貢献していた筈なのに。
「編集長! 私にもう一度チャンスを与えてくださいませんか!? 今度こそ素晴らしい企画を立ててみせます! どうか移動なんて言わないでください!」
このまま負け犬になるのは嫌だった。自分と同じように社会に出て頑張っている女性たちを励ます記事を書きたい、というこの会社における希望は捨てていなかった。なんとしてでも実力で婦人部の企画を勝ち取りたい。今のファッションを提案する仕事は職業婦人たちを励ましているという自負もあって、やりがいを感じることが出来ており、漸く会社で自分の居場所を見つけたと思えていたのだ。それなのに浅井は困り顔でこう言った。
「いや、鷹村くん。僕としても婦人部の人員が減るのは辛いんだが、何せうちの出版社は婦人誌だけでは食っていけないんだ。だから今回、文芸部に移動してもらうことになった。何分、先方の作家先生の直々の引き抜きでね」
「そんなっ!」
悲壮な顔をしても、もう先だっての一件によって社内人事は決まってしまっていた。華乃子は肩を落として荷物を鞄に詰め直すと、婦人部を出た。
「短い間でしたが、お世話になりました」
そう言って浅井以下婦人部の人間に頭を下げた。藤本などは、さも当たり前、と言った顔をしていて、その彼女を実力で見返すことなく婦人部を去らなければならないのが悔しい。折角自分の人生を生き始めたと思っていたのに、その矢先にこんな風に道を絶たれてしまうなんて最悪だ、と自暴自棄な気持ちになった。
扉を開けて婦人部を出ると、廊下には寛人が立っていた。
「副社長……」
驚いて華乃子が立ち止まると、聞いたよ、と寛人は片眉を上げて言った。
「どうやら汚名を着せられたまま移動になったそうじゃないか。何故言い返さなかったんだい?」
それについては弁解したかったが、当の浅井があの態度では、華乃子にその意思がなくても鷹村が企画に圧力をかけたようなものだった。
「……悔しいですけど、今は汚名を雪(そそ)ぐ実力がありません……。移動先の文芸部で力を付けて、何時か浅井編集長が呼び戻したくなる人間になってみせます」
決意を込めてそう言うと、そういう強い君は好きだよ、と言って寛人がひとつ、約束をしてくれた。
「君が働く分に、協力は惜しまないよ。そして君の働きが十分だと分かった時に、僕が婦人部へ君を戻してあげよう。それは約束させてもらう」
願ってもない言葉だった。
「是非お願いします!」
華乃子が息巻くと、寛人は頼もしいなあ、と笑った。