開店して1時間はモーニング。この店でいちばん人気だというランチタイムが始まると、忙しくてそんなことを気にしている余裕はなくなった。紗栄子に教わった通りに挨拶をし、オーダーをとり、出来上がった料理を運び、空いた席を片付ける。やること、覚えることは、いくらでもある。
ランチはワンプレート料理がメインだ。釜揚げしらすと初夏豆のペペロンチーノ。小海老と長芋のチリマヨフリットのライスボウル。アボカドとチェダーチーズソースのデミグラスハンバーグ。スリランカテイストバターチキンカレー。噛みそうな名前ばかりだ。
店長いわく、長いメニューは覚えるのが大変だけれど、味や材料まで、一目でわかる名前にしたかったのだとか。「あと、なんとなくこだわりあるカフェっぽいでしょ」なるほど、と思った。
カフェは雰囲気が大事なのだ。
初めてこの店に来たとき、いい店だなと思った。私は話の合わない女子グループの中で居心地が悪かったけれど、コーヒーとケーキがおいしくて、お客さんも店員さんもみんな笑顔で、温かい空気が流れていたのは覚えている。思いきってその中に入ってみて、雰囲気をつくる側になれたのは、すごいことだと思う。できることなら長く続けたい。
でも……
続けられるか、はやくも不安になっている。
「日浦さん」
キッチンから、満島くんの声がした。
「これ、7番にお願い」
「はは、はいっ」
私は慌ててお皿をトレーに乗せる。
挙動不審な私を見て、満島くんがぷっと笑った。
「大丈夫。急がなくていいよ」
あまりにも気の抜けた笑顔に、私は拍子抜けしてしまう。
意識しているのは、私だけなのかもしれない。
……ああ、そうか。
私は頭を下げて、トレーを持ち上げた。テーブルに料理を運ぶ。
簡単なことだった。
満島くんにとって私は、とっくに「過去の人」になっているんだ。