そして、バイト初日。息を吸ったり吐いたりしながら気持ちを落ち着かせていると、店長に笑われてしまった。
「そんなに緊張しなくても。この時期忙しくていきなり大変だろうけど、ミスしてもべつに責めたりしないし」
店長は、熊田みたいに縦にも横にも大きく、優しい顔をしているが向かい合うだけでなんだか威圧感がある。
「じゃ、よろしくね。細かいことは教育係の西野さんに頼んであるから」
説明を受けていると、小柄な女の子がやってきた。
私を見るなり「あっ、新しい人!?」と目を光らせた。
「日浦奈々瀬です。よろしくお願いします」
頭を下げて名乗ると、ガシッと両手を掴まれた。
「あたし西野紗栄子。タメだよね、紗栄子でいいよ。よろしくね、ななちゃん」
「は、はい」
「西野さんは日浦さんと同じ大学2年生だけど、バイト歴は3年目だから。いろいろ教えてもらってね」
店長の言葉に、紗栄子が「任せて」とにっこり笑う。
かわいい子だと思った。そして、小さい。150センチもなさそうな背丈。パーマのかかった明るい茶髪を2つ結びにし、大きな目とボリュームのあるまつ毛で目力がある。
「ななちゃん、超スタイルいいねー。何食べたらこんなに足長くなんの?」
店長が去ったあと、紗栄子に上から下までじっくり査定された。
「え、ええと、たぶん、遺伝かと」
「遺伝かぁー、それは真似できない……!」
背が低いのを気にしているのか、紗栄子は本気で残念そうだ。というかもう成長期終わってると思うけど、とは言えない。小さいほうがかわいいのに、とも。
小さい頃から、私は自分の身長が嫌だった。176センチと、女子の中ではかなり高いほうで、どこに行っても目立った。自分だけが浮いている気がして、いつからか輪の中に入るのを避けるようになった。だから、紗栄子みたいな女の子を見ると、つい羨ましいと思ってしまう。
カフェのバイトを始めたのは、そんな自分を変えたいと思ったからだ。高校の頃は部活をやったいたけれど、辞めてしまった。大学に入ってからはサークルや部活にも入らず、友達も彼氏もできず、長くバイトを続けたこともない。逃げてばかりの自分が嫌になった。
背は縮まらないけれど、人見知りを直すくらいは、頑張ればできるかもしれない。
紗栄子が後から来た店員を1人ずつ紹介してくれた。大学生や高校生、パートの主婦、いろんな人がいる。
そして案の定、身長の話になった。
「日浦さん、背ぇ高いねー」
「モデルさんみたいねえ」
「足長ーっ」
「紗栄子と並ぶと親子みたいだなあ」
「ひどっ!気にしてるのにー」
緊張で固まる私の周りで、和気あいあいとした空気が流れる。みんな気さくないい人そうでホッとした。
挨拶練習では、何度も「笑顔が固い」「声が小さい」とダメ出しをくらった。紗栄子はかわいいだけじゃなくスパルタだった。
「挨拶は基本だよー。がんばって!」
「はいっ」
ようやくオッケーをもらったところで、紗栄子が従業員用の入口のほうに目を向けた。
「そろそろあともう1人来ると思うんだけど。いっつもギリギリなの。満島っていう男の子」
紗栄子が休憩室の机に置いてあるシフト表の名前を指して言った。
『満島』
その名前にドキリとする。いつもギリギリって。
まさか、ね……。