そのカフェに足を踏み入れるのは、2度目だった。
家から最寄りの駅前にある、黒と茶色を基調としたシックな雰囲気のカフェだ。
学校への行き帰りで駅を使うため、毎日その店の前を通る。
前に来たのは、大学に入ったばかりの頃、同じゼミの子たちに誘われたときだった。
評判通り、ケーキとコーヒーが絶品だった。サクッとした生地のフルーツタルト、苦いけれどどこか柔らかみのあるコーヒー。おいしいだけじゃなく、雰囲気もよかった。センスのいい家具や照明や観葉植物。食事やお茶をしているお客さんも、忙しそうなスタッフも、みんな楽しそうなのだ。私たちは奥のソファ席で恋の話やゼミの誰がカッコいいとか最近推してるアイドルとか……
そのどれひとつとして私はついていけず、楽しそうに笑い声をあげる女子たちの中、冷めていくコーヒーを少しずつ飲むのに集中しながらひたすら時間が過ぎるのを待った。
また行きたいと思っていたが、当然のわうに2度目に誘われることはなく、1人で入っていく勇気もなく、気づけば大学生活1年がすぎ、春休みに入ろうとしていた。
そんなとき、店のガラス扉にバイト募集の張り紙を見た。
周りの子は、みんなバイトをしている。私も一応しているけれど、人間関係を築くのが苦手で短期のバイトばかりを繰り返してきた。
憧れていた楽しい大学生活が、自分とは関係ないところで吹いているそよ風みたいに過ぎ去っていく。そんな気がしていた。
思いきって電話をかけてみると、熊田という、人のよさそうな店長がでた。
『いやあ、助かったよ。忙しいときに急に1人辞めて、シフト穴だらけだったから。じゃあとりあえず、明日履歴書持ってきてもらえる?』
よほど人手がほしかったのだろう、面接に行ったその日に採用の連絡があった。さっそく翌日から入ってほしいと言う。
あまりにサクサク事が進みすぎて戸惑った。いつでも辞められる単発のバイトとは違うのだ。だけど、憧れていた店で働けると思うと、自然と心が弾んでいた。