「調理師?」
私は意外に思って訊き返した。葵は料理の専門学校に通っているという。
「俺のことただの暇人だと思ってたでしょ」
「う……うん」
「あはは、正直だなあ」
葵は笑って、そして真面目な声で続けた。
「卒業したらレストランで修行して、資格とって、自分の店を出すのが夢なんだ」
すごいな。素直に感心した。卒業後のことなんて、ほとんど何も考えていない。
得体の知れない奴、はちょっと訂正。それとも、葵はやっぱりかわいらしい顔をした悪魔で、私はもう騙されかけているのかもしれない。
「昨日の話、いいよ」
私は言った。
断ろうと思ってここに来たのに、葵に流されてしまった。
だけど、話しているうちに、流されてもいいか、と思った。
1ヶ月くらいなら騙されてもいいか、と。
だって、さっきまで泣きたい気持ちだったのを、ほんの少しの間だけでも、忘れさせてくれたから。
「ほんと?」
葵が目を大きく開いた。
私は頷く。
「でも、ひとつだけ訊いてもいい?」
「うん」
「なんで1ヶ月なの?」
葵は、ああ、と少し目を伏せた。そしてまた私を見て、言った。
「春休みが終わったら、東京に戻るから」