バイトが終わると、逃げるように店を出た。
昨日みたいな光景は、もう目にしたくなかったから。
足早に駐輪場に向かい、自転車のロックをはずす。ペダルに乗せた足が方向を迷っている。

『じゃあさ、1ヶ月だけ、付き合ってみない?』

考えれば考えるほど、あれが何だったのかわからなくなる。
冗談かもしれない。真に受けてもう一度行ってしまったら、笑われるかも。
でも、もし、葵が返事を待っていたら、悪い気もする。

断ろう。

公園に行く前に、そう決めた。
もし今日もいたら、ちゃんと断ろう。
知らない男の子と付き合うなんて、私には無理だ。わざわざ行かなくても、とも思う。だけど行かずにずっとモヤモヤした気持ちでいるのも嫌だから。
慣れないことは、バイトだけで充分だ。
公園の前まで来て、ドキリとした。
木の下のベンチに葵がいた。空を仰いでぼけっとしているのが、後ろ姿だけでもわかる。
「毎日ここにいるの?」
後ろから声をかけると、葵は驚いた様子もなく振り返って、ニッと笑った。私がここに来るのがわかっていたみたいで、少し恥ずかしくなる。
「毎日じゃないけど、暇だから」
「……そう」
ますます、得体が知れないと怪しくなる。

自販機でコーヒーを買って、ベンチで並んで飲んだ。
葵が「仕事終わりにはやっぱコーヒーでしょ」と当然のように言うから。
昨日と同じ。一言断って帰ろうと思っていたのに、完全に葵のペースだ。
「乾杯」
葵が言って、2つの缶をカチリと合わせた。
「なんかこれ、サラリーマンみたい」
仕事から帰ってきた父がおいしそうにビールを飲んでいるのを思い出しながら言うと、
「うちの親父が無類のコーヒー好きだから、その影響だな」
葵も同時にお父さんのことを考えていて、なんだかおかしくなった。
全然知らないはずなのに、家族の話を聞くと、心が温まる。
少し冷えた空気の中、温かいコーヒーがおいしい。ほんのり甘くて苦い。今日は涙の味はしなかった。