昨日よく眠れなかったせいで、頭がぼんやりしている。
「奈々瀬、大丈夫? バイトで疲れたんじゃない?」
朝食を食べながら、母が心配そうに覗き込む。
「うん、そうかも。でも大丈夫だから」
私は笑って返した。心配症の母のことだ。最初から弱音なんて吐いたら、毎日同じことを尋ねてくるに違いない。
3月のはじめ。春休みの初日。バイトの初日。
昨日は、いろいろなことがありすぎた。

『じゃあさ、1ヶ月だけ、付き合ってみる?』

あの男の子、葵は、どうしてあんなことを言い出したのだろう。
どうして1ヶ月なのだろう。
それに、付き合うって、何をすればいいのだろう。
『慰めてよ』っていったい……。
満島くんと付き合っていた4ヶ月間を思い出して、頭を抱えた。
そんなことを考えているうちに、朝方になってしまった。
結局、返事はしていない。
あのあと逃げるように帰ってきてしまったけれど、よかったのだろうか。
時計を見ると、9時を過ぎている。そろそろ準備をしなければ。
バイトに行けば、満島くんと紗栄子がいる。
そして2人の姿を見るたび、自動再生のように自動再生のように昨日の光景を思い出すのだ。

……行きたくないなあ。

どうせ予定なんてないからと、連日シフトを入れてしまったのを激しく後悔する。

行きたくない行きたくない行きたくない

スマホのメール機能に宛先なしで、鬱屈した気持ちを全て注ぎ込むように目を血走らせながら打っていると、新着メッセージ1件。
紗栄子からだ。

『おはようーななちゃん。疲れてない? 今日も朝一だけどがんばろーね!』

連絡先を交換したところでほとんど連絡なんてとらないだろうな、と思っていたら、さっそく来た。

『はい。よろしくお願いします』
『敬語禁止!』

メッセージでも言われてしまい、苦笑をこぼしつつ訂正して送り直した。
いい子だと思う。距離感の近さに戸惑ったけれど、よく喋って、よく笑って、でも仕事は手を抜かず一生懸命で、みんなから頼りにされている。いるだけでその場が明るくなる。
満島くんもそういう人だ。
お似合いの2人。
昨日の場面を思い出して、また沈む。

もう3年も経ったんだ。
いい加減、忘れよう。

私は急いで朝食を食べて、バイトの準備をはじめた。