***
「元気出せよ、奏太」
「可愛い女子ランキング事件」から、1週間が経過した。皆の中であの事件は確かに由々しき出来事に分類されているに違いないのだが、1週間も経てば何事もなかったように過ぎていく時間が、僕を焦らしていた。
昼休み、浩人が僕を気遣って肩をポンと軽く叩く。休み時間、彼はいつも教室にいることが少ないのだが、今回の事件があってからは毎日僕のところにやって来てくれる。まったく義理堅いやつだ。
とはいえ、彼の気遣いに助けられているのも事実だ。あの事件に関して、女子は全員完全な被害者だし、男子も黒板に結果を書いた奴ら以外は被害者だと思う。けれど、皆の目に、もしかしたら僕は加害者として映っているかもしれなかった。
空席のままになっている安藤和咲の席を眺める。彼女が学校に来ない間、畑中さんたち女子グループが二日に一度彼女の家に訪れていると聞いている。
僕から畑中さんには聞きづらいため、浩人に事情を聞いてもらったところ、
「話してはくれるんだけど、部屋に篭って出てこないんだよー」
と困った顔をしていたそうだ。
「まあ、何かきっかけが欲しいんだろうね」
畑中さんも畑中さんで、安藤さんのことをかなり考えてくれているらしい。どうやら、安藤さん自身、あの忌々しい事件が起きた際にショックを受けたものの、そろそろ学校に行かなければならないという焦りもあるようだ。
「お前さ、心配なんだろう」
浩人は僕の安藤さんへの気持ちに気づいている。はっきりと伝えたわけじゃない。けれど、これまでの僕の態度を見ていれば分かるのだ。
「そりゃ、心配だよ」
僕のような平凡でありきたりの人生を送っている男子生徒ならまだしも、彼女は学校に来るべきだ。楽しい学生生活。青春。僕には手に入らないかもしれないことが、彼女は当たり前のように教授する権利があるのだから。
なんて、そこまで言うと自分を卑下しすぎかもしれないが。
とにかく、僕は安藤さんに学校に来て欲しかった。
「そんなら、とっとと迎えに行けばいいじゃん」
「はあ」
迎えに、とはなんて甘美な響きなんだろう。
それって、付き合っている男女がやるもんなんじゃないか……。
「さすがに、そこまでの勇気はないよ。彼女にとって、僕はただのクラスメイトの男子なんだから」
「そんなの別にいいだろ。お前がそうしたいなら迎えにでも話にでもなんでもしなきゃ、彼女、振り向いてくれないぞ」
浩人の言うことはもっともだ。
けれど、君の口からは聞くのには幾分か複雑な気持ちになるんだ。
教室には、いつもと同じ、生暖かい夏の風が舞い込んでくる。外は暑そうだけれど、日の当たらない室内はとても爽やかだ。
「あの」
浩人以外の、女の子の声がして、僕は後ろを振り返る。そこに立っていたのは、ショートヘアで背の低い女の子、岡田京子だった。
僕も浩人も、突然の彼女の登場にお互いの顔を見合わせた。なぜなら彼女は、男子生徒だけでなく、女子生徒ともほとんど会話をしない人だからだ。いわば、一匹狼。
彼女は何か言いたげな雰囲気を醸し出し、僕たちが「何?」と聞いてくるのを待っているようだった。
頭の中で、「19位 岡田京子」の文字がチラつく。ともすればあの事件の一番の被害者である彼女が僕たちに何か恨みを抱いていたとしても不思議じゃない。
「どうかした……?」
僕は、恐る恐る、という感じで彼女に問うた。
「安藤さんの家に行くの?」
彼女の瞳は主人が旅に出るのを見送る子犬のように不安げに揺れていた。
「いや、別にまだそう決まったわけじゃ……」
僕は、なぜ彼女が僕たちの会話に割って入ってきたのか全然見当もつかないまま、答える。
「そうなの?」
今度は隣にいる浩人の方を向き、僕の発言の真意を確かめるように親友に訊いた。
なんなんだコイツ。ずけずけと僕らの会話に入ってきて会話の主導権を握ってやがる。まったく面白くない。
「うーん、俺は行くべきだと思うし、本当は奏太も行きたいんだろう」
おい!
ここでまさかの浩人からの証言。
確かに、行きたいか行きたくないかと聞かれれば行きたい。すごく。好きな人の顔を一週間も見ていないのだ。少しでもいいから、顔を合わせたいと思うのが普通じゃないか。
「元気出せよ、奏太」
「可愛い女子ランキング事件」から、1週間が経過した。皆の中であの事件は確かに由々しき出来事に分類されているに違いないのだが、1週間も経てば何事もなかったように過ぎていく時間が、僕を焦らしていた。
昼休み、浩人が僕を気遣って肩をポンと軽く叩く。休み時間、彼はいつも教室にいることが少ないのだが、今回の事件があってからは毎日僕のところにやって来てくれる。まったく義理堅いやつだ。
とはいえ、彼の気遣いに助けられているのも事実だ。あの事件に関して、女子は全員完全な被害者だし、男子も黒板に結果を書いた奴ら以外は被害者だと思う。けれど、皆の目に、もしかしたら僕は加害者として映っているかもしれなかった。
空席のままになっている安藤和咲の席を眺める。彼女が学校に来ない間、畑中さんたち女子グループが二日に一度彼女の家に訪れていると聞いている。
僕から畑中さんには聞きづらいため、浩人に事情を聞いてもらったところ、
「話してはくれるんだけど、部屋に篭って出てこないんだよー」
と困った顔をしていたそうだ。
「まあ、何かきっかけが欲しいんだろうね」
畑中さんも畑中さんで、安藤さんのことをかなり考えてくれているらしい。どうやら、安藤さん自身、あの忌々しい事件が起きた際にショックを受けたものの、そろそろ学校に行かなければならないという焦りもあるようだ。
「お前さ、心配なんだろう」
浩人は僕の安藤さんへの気持ちに気づいている。はっきりと伝えたわけじゃない。けれど、これまでの僕の態度を見ていれば分かるのだ。
「そりゃ、心配だよ」
僕のような平凡でありきたりの人生を送っている男子生徒ならまだしも、彼女は学校に来るべきだ。楽しい学生生活。青春。僕には手に入らないかもしれないことが、彼女は当たり前のように教授する権利があるのだから。
なんて、そこまで言うと自分を卑下しすぎかもしれないが。
とにかく、僕は安藤さんに学校に来て欲しかった。
「そんなら、とっとと迎えに行けばいいじゃん」
「はあ」
迎えに、とはなんて甘美な響きなんだろう。
それって、付き合っている男女がやるもんなんじゃないか……。
「さすがに、そこまでの勇気はないよ。彼女にとって、僕はただのクラスメイトの男子なんだから」
「そんなの別にいいだろ。お前がそうしたいなら迎えにでも話にでもなんでもしなきゃ、彼女、振り向いてくれないぞ」
浩人の言うことはもっともだ。
けれど、君の口からは聞くのには幾分か複雑な気持ちになるんだ。
教室には、いつもと同じ、生暖かい夏の風が舞い込んでくる。外は暑そうだけれど、日の当たらない室内はとても爽やかだ。
「あの」
浩人以外の、女の子の声がして、僕は後ろを振り返る。そこに立っていたのは、ショートヘアで背の低い女の子、岡田京子だった。
僕も浩人も、突然の彼女の登場にお互いの顔を見合わせた。なぜなら彼女は、男子生徒だけでなく、女子生徒ともほとんど会話をしない人だからだ。いわば、一匹狼。
彼女は何か言いたげな雰囲気を醸し出し、僕たちが「何?」と聞いてくるのを待っているようだった。
頭の中で、「19位 岡田京子」の文字がチラつく。ともすればあの事件の一番の被害者である彼女が僕たちに何か恨みを抱いていたとしても不思議じゃない。
「どうかした……?」
僕は、恐る恐る、という感じで彼女に問うた。
「安藤さんの家に行くの?」
彼女の瞳は主人が旅に出るのを見送る子犬のように不安げに揺れていた。
「いや、別にまだそう決まったわけじゃ……」
僕は、なぜ彼女が僕たちの会話に割って入ってきたのか全然見当もつかないまま、答える。
「そうなの?」
今度は隣にいる浩人の方を向き、僕の発言の真意を確かめるように親友に訊いた。
なんなんだコイツ。ずけずけと僕らの会話に入ってきて会話の主導権を握ってやがる。まったく面白くない。
「うーん、俺は行くべきだと思うし、本当は奏太も行きたいんだろう」
おい!
ここでまさかの浩人からの証言。
確かに、行きたいか行きたくないかと聞かれれば行きたい。すごく。好きな人の顔を一週間も見ていないのだ。少しでもいいから、顔を合わせたいと思うのが普通じゃないか。