私の盲目な恋

蓮くんのピアノのレッスンを始めて二年が経とうとしていた。
まったく、二年経っても彼がピアノを続けてくれるだなんて思ってもみなくて。
単純にピアノを習いにきてくれる喜びと、まだ彼の側にいられるという幸せが、この二年の間、どんどん募っていた。
彼以外にも、月に10人以上の生徒がレッスンに来てくれていた。生徒が増えるたびに、お母さんに連絡したら、「良かったじゃない!」と電話の向こうで歓喜するのが分かった。
蓮くんと私は、「先生」と「生徒」のままだったけれど、レッスン後に少し話してから彼が帰るという流れは変わらなかった。
お互い、なんとなく意識していたんだと思う。
「好き」とか「付き合おう」とか、はっきりとした言葉で契約を交わしたわけではない。
言葉がなくても、お互いの間を流れる空気そのものが、二人の絆を確かなものにしていた。
側から見れば、正真正銘の恋人同士。
そう、言われても不思議じゃないくらい、自然と二人の時間を共有していたから。

ただ、最近は少し、気になることがある。

彼が、以前よりもすぐ、私の家から去ってしまうこと。
それも、大抵は彼のスマホが鳴って、彼が電話をかけてきた相手を確認してからすぐに。
「雪乃さん、ごめん」
彼が私の家を去るとき、決まってその台詞だった。
「ううん。また来週ね」
「はい」
ゴソゴソと、彼が鞄を探る音がやけに大きく響いて聞こえるようになったのは、いつからだっただろうか。
それから、ほのかに香る、香水の匂い。
あ、なんか、いい匂い。
彼が家にやってくれば、大好きな香りが充満する。
本当なら、その時点で気がつくべきだったのだけれど。
もう無理だった。
香水の匂いが、蓮くんの匂い以外の何ものでもないと感じていた。
彼を大好きになってしまった私はもう、後戻りなんて、できない。