私の盲目な恋

彼はその後も、私の元に足繁くピアノを習いに来た。
1時間のレッスンのあと、次のレッスンが入っていなければ、そのまま長いこと話し込んでしまうこともあった。
そういう時、私もついつい台所からお茶を持ってきては、彼の前に差し出した。二回、三回と同じことを繰り返すようになると、ジュースやコーヒーを用意するようになった。
彼が、最近ハマっている映画の話をすると、次に彼がレッスンに来る前までに、その映画のことを調べた。映画を見る習慣はなかったけれど、私と違って映画好きなお母さんに内容を聞いた。
そのことを彼に話すと、「雪乃さん、ありがとう」と笑ってくれた。
映画だけじゃなくて、好きな漫画もアニメも音楽も、彼と同じものを共有したいと思った。

塚本蓮という人物の全てを、私の中に受け入れたい。
彼の話す声が、帰ったあとに脳裏に浮かぶ彼の楽しそうな表情が、私の日常を変えた。
気がつけば、はっきりと自覚できるくらい、私は彼を好きだと思うようになっていた。

「雪乃さん、モテるでしょ」
「どうして?」

いつの間にか、タメ口になった口調。
二人で話をしていると、つい時間を忘れてしまう。
ついさっき淹れたばかりのコーヒーが、いつのまにかぬるくなっていた。

「だって、笑った顔、可愛いから」

誰かに「可愛い」と言われたのは、親以外に初めてだった。
私はたぶん、はっきりとは分からないけれど、世間でいうところの「可愛い」部類の女の子ではないのだ。
だってその証拠に、今まで会ったほとんどの人から「可愛い」「美人」などと形容されたことがなかったから。
それなのに、彼は違った。
なんでか分からないけれど、彼だけは私を女の子として見てくれているような気がして。
そのまま、彼に抱きしめてもらいたいとさえ思った。
そんなこと、叶いっこないのに。
けれど、彼にも1パーセントぐらいは、私を好きだという気持ちがあるかもしれない。
なんて、勝手に妄想しては、結局「またね」とお別れするたびに、ちょっと落胆していた。